グアンブリン島沖海戦・1
空母<<ベインティシンコ・デ・マヨ>>搭乗員待機室
『結果として日本艦隊は火砕流の発生を遅延、市民の大半を市街南西の空港周辺へ移送する支援を実施し続けている。しかし、既にフィルター無しでは降灰により車両の通行は不可能になりつつあり。フィルターも消耗品である以上活動には限界がある。彼らに出来ることは失われつつある』
<<背振>>が行った砲撃はバランスを崩したこともさることながら、噴煙柱内を乱すことで火山雷を誘発、その結果として粒子の凝固を促し、熱煙柱の崩壊を促進するという事象を起こすことに成功していた。戦隊司令のファラベラはその状況を説明する
『我が国が災害にあった時にも彼らが来てくれるといいもんですが。だが、我々はその彼らを撃破するために動く、そうですね』
『そうだ、シュヴィヤール中佐』
チリ南部のⅩⅠ州を中心として独立紛争を開始したパタゴニア共和国であるが、我々アルゼンチンはこれを支援する立場にあった。最南端の石油産出州を入手することで南アメリカでの覇権を確たるものにする事、そして国家認証が与えられない間に、条約下にない国として南極資源の入手と開発を行う事。あるいは批准の為の譲歩で持ってくる取引材料を手にする、そういう算段だった
しかし、チリでの大地震を機に、一気呵成に既成事実を作ろうとした我々だが、それを揺るがしたのがこの火山の噴火であった。地震で混乱状態のチリにこの災害まで加わるとなると、マプチェ族だけでなくもっと大きなものをアルゼンチンは抱え込まなくてはならなくなりかねない。その上でだ
『現在、山殻の一部を噴火により失った火山の下に、もっとエネルギーを蓄えている事が通信傍受により判明した。その迫る破局噴火(カタストロフィー)をかの艦隊は人的被害極限の為に動くことが目に見えている』
件の日本艦隊は、情報からこの破局噴火に指向性を持たせようとしている。具体的に言えば砲撃をもって山体に脆弱点(クランブルポイント)をつくり、アンデス山脈の山肌に噴火の方向を誘導するという事である。カルブコ山はアンデス山脈南部の特徴通り2000m級の山であるが、その西部にはアルゼンチン国境を分かつトロナドール山の山体が広がっている、こちらは3000m級とカルブコ山より少し高い峰だから、盾としては非常に有効であろう。人口もプエルトモント市街地の直撃に較べれば圧倒的に少ない
『彼らは正しい。私自身正直に言えばそうしたほうが一番いいというのも理解できる。だが、だ』
ファラベラ戦隊司令はそこで言葉を切った
『だからといって我が国の被災区域を広げるような行為を許すわけにはいかぬ。たとえそこが無人の荒野であってもだ。理解できる、だが、許せぬ』
手の加わっていない自然現象で被害が及ぶならまだしも、人為的に被害範囲が広がって被害を被るのではその意味合いは大きく異なってくる。これは攻撃行為と変わらない、だからこそ今回の作戦を行うのだと浸透させる
『本艦<<ベインティシンコ・デ・マヨ>>の航空攻撃、及び<インディペンデンシア>>以下護衛艦艇の進出をもって日本軍の意図をくじくものとする』
手堅くいく、とファラベラは促し。シュヴィヤール中佐は手元のキーボード操作してモニターに行動図を映しだす
『手順はいたって単純だ。我々航空部隊は敵防空艦の沈黙を目標とし行動する』
デマヨの航空隊はそれぞれ12機から成るF-11F/iの戦闘飛行隊(EAC)が2個飛行隊に16機から成るA-4Q/iの攻撃飛行隊(EAA)が一つに対潜・SARのヘリが8機、AEWのE-1(トレーサー)が4機の52機から構成される。この中からEACとEAAの一つずつにE-11機を支援につけて前進してくるであろう防空艦相手への攻撃を実施するのだ
『特に今作戦の重点は敵の防空艦だ。<<インディペンデンシア>>はみな知っての通り、あちらとは違ってお色直しもろくにしていない、単独で戦えばまず負ける。それを覆すには随伴艦を崩して一対多の状況、あるいは本艦が航空攻撃を自由に行える状態になればあちらは義勇兵(ボランティアガーズ)だ、撤退を選択せざるをえまい』
シュヴィヤールは言外に主役は我々だ、という意気を乗せる。米海軍から退役したアラスカ級である<<インディペンデンシア>>に行われた改装はその移管時に行われた時のままで、それから後の改修はアルゼンチンの予算のうちで出来る範囲内でしか出来ないため、第一線を歩めているとは言い難かった。その上で同級ともいうべき相手と戦うとなれば殆ど可能性はない
『防空艦潰しとなると、ペイロードはSTARMになりますか?』
EAAの中隊長が手を挙げる。スタンダードARM、750kgほどの対レーダーミサイルであり今回の任務向けの装備である
『本当はHARMを載せてやりたいんだがな。おそらく敵防空艦の長SAMの方が射程が長い、従ってレーダー覆域の下を飛ぶ肉薄攻撃となろう。そのため攻撃隊には追加でドロップタンクを積んでもらう』
酸素濃度の濃い低空を高速で行動すると燃料消費はそれこそうなぎ上りになる。4tのペイロードを誇るスカイホークといえど、STARM2本とドロップタンク2本が限界だ。これがHARMになると弾体の重量も軽く、射程も飛行速度もSTARMより届いて早い。だがアルゼンチン海軍はいまだHARMを運用しては居なかった。専用のコンピューターとしてCLC等の高度な電子機器搭載をスカイホークに行わなければならないという点がネックとなり調達が遅れていたのだ
『肉薄上等です。しかし中佐、それなら爆装はマーベリックを搭載する機を用意してもよいのでは?』
STARMはその性質上、電波を発信している架台そのものに突っ込んで破壊する事をその目的としている。特徴的なフェイズドアレイレーダーや航海、その他アンテナ類へ打撃を与えるとなると必然的に命中爆発箇所は船体構造物の上部に集中するわけで、船体内部へのダメージはほぼ及ばない事が考えられる。それなら、という意見だった
『確かに火災による撃沈を期待できるかもしれないが、肝が太すぎる。肝硬変になるぞ。マーヴェリックの射程では随伴艦の防空能力も加味されてくる上に、連中の防空艦は装甲もちだ、マーヴェリックでは舷側を抜けないだろう。浸水が期待できないならリスクに対し効果が薄すぎる。それから先ほど言ったように我々が自由(フリーハンド)に航空攻撃を行えるようになるのが目的である以上、諸君らEAAの損耗が大となっては本末転倒だろう?』
『マルビナスの先達にいい顔できないのは残念ですが、わかりました』
大して残念でもなさそうに肩をすくめてEAA中隊長は同意する。装甲持ちの相手に通用する武装が限られてくるというのも、その時代から変わってはいない。こういった艦船に致命的なダメージを与えるならばSTARMのような大きさの代物を船体に叩きつける必要があった。が、撃沈まで至らないようにするのもエスカレートを防ぐことになるだろうから、そういう意味でも攻撃を限る事に意味はあった
『我々EACは何か仕事があるんですか?』
護衛として飛ぶ戦闘機パイロットから質問の手が上がる。攻撃隊の護衛はわかるが、何から?という疑問はもっともだった
『連中にはAEWヘリが居る。低空警戒の脅威であるのはもちろんだが、これが電波を出す形で艦艇の方は電波管制を行う可能性がある。となるとSTARMの目標捕捉へ影響が出かねない。我々の阻止のために防空艦から電波を出させる必要がある』
まあ、防空艦がその高性能なレーダーから電波をださないというのはそれもそれで本末転倒に思えるのだがな、と付け加えつつシュヴィヤールはモニターを操作する。ヘリそのものの撃墜難度は問わない、それぐらいは出来ると見込んでいるのだ
『カルブコ山の噴火でチリ中部は飛行禁止空域としているが、未帰還(かいすいよく)前提ならチリ空軍の護衛機が空域を迂回して飛んでくる可能性も否定はできない。そこの状況を把握するためトレーサーも随伴させるわけだ』
相当に手堅い布陣であると誰もが思った。これなら経空脅威からの奇襲も防げるだろう
『問題はSTARMを防空艦<<足柄>>といったな、この迎撃能力が我々の攻撃力を上回ってしまう可能性だが、これも問題にはならんだろう』
スカイホークの機数上、最大同時32発の攻撃となる。随伴艦からもいくらかは迎撃されてしまうだろうし、どうか・・・まあ、航空攻撃の利点は遠距離の目標を複数回攻撃することが可能という点だ、2回も攻撃すればそもそも保有する長SAMの弾数が足りなくなる。それで終わりだ。生き残れば勝つ、単純かつ明快な目標に出来ている
『諸氏らの方からなにか他に質問はあるか?』
ファラベラが引き継いで問いかける。誰も手を挙げるものはいない
『よろしい・・・不本意ながらマルビナスでは英国海軍(ロイヤルネイヴィー)を、そして今度は帝国海軍(インペリアルネイヴィー)を相手に出来るという幸運に我々は恵まれた。そして状況は対等以上、このような状況(シチュエーション)は二度と起きないだろう。歴史は諸氏らの手の内にある。誓って祝杯を掲げる事を本官は願う。作戦行動開始は現時刻より1時間後』
ファラベラはシュヴィヤールを見る
『以上、総員かかれ!』
その言葉がシュヴィヤールから放たれるのと同時に、要員たちが歓声をあげつつそれぞれの持ち場へ向かって駆けだす。戦いの矢は今放たれたのだ
『・・・栄冠よ、永遠のものになり給え、我ら一人一人は勝つために奮闘す』
ファラベラは祈るように小声で国歌の一節を口ずさんだ。それを聞きとがめたシュヴィヤールは、自らも自機のコクピットに向かいつつその続きを口ずさんだ
『我ら一人一人は勝つために奮闘す。栄光の冠を戴き生きん』
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