第9話 最後の飯田
しばらくは、平穏な日々が続いた。
LINEも当たり障りのない、毎日のやりとり。
それでも、電話ができない日や、返信が遅い日が増えていく。
心の奥で、嫌な予感がしていた。
その予感は、またも的中する。
ある夜、彼女からLINEが届いた。
――実はずっと好きな人がいるの。
中学の時から気になってて、でも彼女がいるから諦めてた。
最近、インスタで彼が彼女と別れたのを知ったの。
今なら、ご飯に行ったりして、付き合うチャンスがあるかもしれないの。
信じられなかった。
その彼にはまだ片想いとはいえ、4年間一緒に過ごしてきた、一度浮気で裏切った俺に、もう浮気はしないって誓ったのに、どうしてそんな話をするのか。
胸が引き裂かれるほど、ひどく傷ついた。
問いただした。
「その恋は、今じゃなきゃダメなのか?」
「3か月後では、遅いのか?」
「せめて、1周年記念のディズニーデートまでは、ふたりで頑張ろうよ」
でも、彼女の心はもう限界だった。
俺は再び、飯田へ向かうことにした。
今回は、彼女を説得するため。
ふたりでいつも真剣に遊んだ卓球。
そして、心が落ち着く映画。
それなりにデートを重ねてきたが、映画はこれが初めてだった。
ポップコーンをつまみながら、腕にしがみついてくる彼女。
とても愛おしかった。
この時間が永遠に続けばいいのに――そう思った。
そして、いつものようにホテルへチェックイン。
お互いにマッサージをし合い、いつもの流れの中で、続きをしようとしたとき。
「今日はしたくない。たまには、しないデートがしたい」
そんな言葉を、彼女から聞いたのは初めてだった。
関係がうまくいっているときなら、
「そっか、じゃあ今日はやめようね」――そう言えたはずだった。
でも、最近の不穏な空気。
彼女の心の揺れを、俺は敏感に感じていた。
ここで抱きしめなければ、もう二度と戻ってこない。
直感だった。
「うん、そういう気持ちのときもあるよね」
「でも、今日だけは…しよう。今日しなければ、俺たちはもう、戻れない」
そう言って、何度も抱き合った。
お互いに、強く求め合った。
そして、夕飯はいつもの回転寿司。
「今日くらいは、別のところに行こうか?」と提案したけれど、
彼女は「いつものところがいい」と言った。
まるで、これが最後の食事になることを知っていたかのように。
その夜、彼女は俺をホテルまで送り届け、自宅へ戻った。
ふたりは、それぞれの寝床で、次の日に備えて眠った。
次の日。
いつもの高速バスに乗って、帰路についた。
「また来るときは、いつになるかな」
そんなことを考えながら、飯田をあとにした。
でも――
これが、最後の飯田になるなんて。
そのときは、思いもしなかった。
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