前世は水に違いない。
神矢伝家
漂着
第1話 通行止め
担任の
骨張った浅黒い顔に浮かんでいるのは怒りでも呆れでも無く、哀れみの表情だ。
画面に映っているのは私の成績表。
しばらくの沈黙の後、目線を動かすことなく柳瀬先生は口を開いた。
「なあ、
どう思う? 質問の意図がわからない。こうしてわざわざ教員室に呼び出されているわけだから、もちろん良い結果ではない。いや、それどころか、最悪の結果であることは明らかだ。
私の返答を待っている間に、頬杖の位置は頬骨をとうに超え、こめかみにまで達した。
柳瀬先生はパソコンに見入って悪くなった姿勢を伸ばしてから私の方へ向き直った。
「自分の実力が出しきれていると、そう思うか?」
実力とは何を差すのだろう。今、自分が出せる学力のことを差すのであれば、出しきれていると言っていい。しかし、もっと学力を高める余地が無かったか、と聞かれれば客観的に見てそれは大いにあった。
授業への取り組み方、勉強時間の確保など、やりようはいくらでもあっただろう。しかし私はそれをしなかった。理由は単純。めんどくさかったからである。
「する」か「しない」かの分かれ道。一見選択肢があるようで、私の中で「する」の道には、常に面倒くさいという通行止めがかかっている。
だから、「する」の道は最初から無いものとして扱うべきだと思う。頑張れる余地などあったようで無かった。
頑張る人は頑張れる才能を持っている、というのが私の持論だ。やればできる子は死ぬまでやらずに一生を終える。
そう考えれば私の答えは決まっている。
「はい。全力百パーセント、キッチリ出し切りました」
「ほう。言い切るか。実に君らしい」
柳瀬先生は、想定通りといった様子でニヤリと笑って続けた。
「自分に期待しないのは君の長所かもしれないな」
「はぁ、それはどうも」
「だが、ものには限度というものがある」
笑みを引っ込めて再びパソコンの画面に視線を移す柳瀬先生。
「このままでは単位が取れないぞ、中里」
ついにここまで来てしまったか、というのが率直な気持ちである。もちろん自分が置かれている状況は柳瀬先生に言われる前から分かっていたつもりだった。しかし改めて現在地を明確にされると、辛いものがある。
自分で言うのもなんだが、子供の頃の私は成績が良かった。物ぐさな性格は昔からで、家庭学習とやらを一度もやったことはなかったが、毎回テストではそれなりの点数を取っていた。いわゆる、授業を聞いているだけなのに勉強ができるタイプの子だったのだ。
おかげで内申点は悪くなく、高校は推薦入試で準進学校レベルのところに入学。一般入試に向けて必死で勉強するクラスメイト達を横目にぐうたら三昧の日々を過ごした。
だが、そのやり方が通用したのはそこまで。どんどんボリュームアップする学習の内容に対して私は、予習も復習もテスト勉強もろくにしない姿勢を貫き続けたのだから、破綻して当然だ。
苦手な理数系は赤点スレスレの地を這うような成績を記録し、ときに補習を受け、何とか卒業までこぎ着けた。
もちろん大学受験の準備などするはずもなく、かと言って就職もしたくない。そんな私の目に、専門学校は魅力的に映った。入学試験のハードルは低いし、専門分野以外のことは学ぶ必要がない。
進学先の決定を迫られた高校三年生の冬、私の頭には専門学校しかなかった。だが、それほど関心のある専門分野があったわけではなかった。どうしようかと頭を悩ませていた私は、周りに流されとりあえずセンター試験を受けることにした。
父に試験会場まで車で送ってもらっている道中にそれは起こった。
突然の激しい振動と異音。パンクだった。慌てて車を路肩に寄せた父がその事実を知った時の絶望した顔を、私は今でも覚えている。
機械オンチの父にはどうすることもできず、車通りも少ない道の隅で、迫りくる試験開始時間にただただ焦るばかりの私達。
そこに一台の白いスポーツカーが通りかかった。
運転していた若い女性は私達に気付くと車を停め、駆け寄ってきた。そこからはあっという間だった。女性は慣れた手つきでタイヤを交換して「じゃ!」と笑顔で言い残して去っていった。
私と父は名前を聞くことも忘れ、その背中に「ありがとうございました」と言うことしか出来なかった。
――かっこよかったなぁ……あのお姉さん。
動機と言えるようなものかは分からないが、この学校の門を叩くことになったきっかけはそれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます