後編

 一週間後。


 俺は相変わらず仕事を探していたが、明らかに街の雰囲気が違うことを感じていた。

 ゾッとするくらいに敵意に満ちている。


 ……俺に対して。


 なんなんだ、これは?

 今までも好意的な視線ではなかったが、それは嘲笑と僅かな憐憫だった。

 だが、今感じているのは敵意と殺意。


 そう。

 魔王を討伐する冒険の最中に何度と無くモンスターや魔王の側近から感じていたそれだった。


 丸腰でいる事に不安を覚えるほど。

 その雰囲気に思わず近くの雑貨屋に入ると、そこの店主が怯えたような表情になった。


「おい、どうなってる? なんでみんな俺に対してあんな目つきをしてる? 俺が何かしたのか!」


 雑貨屋の店主に思わず恫喝めいた言い方をしてしまったが、後には引けないのでそのまま詰め寄ると店主は俺を睨み返して言った。


「お前らが……もたらしたんだろ! この災いを」


「は?」


「この疫病だよ! 街で子供たちが大量に死んでいる。昨日、せっかく誕生した世継ぎ候補の王子まで疫病で死んだ。全部……お前らがもたらしたんだ!」


 何……だって。


「俺とセシリアがそんな事するわけ無いだろ! どうやってそんな事をするんだ」


「お前らは魔王を倒した! そこから持ち帰ったんだろ、ってみんな言ってる。お前らが帰ってきた辺りから広がりだした、ってみんな言ってるんだ。早く出て行け、疫病神!」


 俺は店主を睨みつけると憤然としながら店を出た。

 ふざけるな!

 魔王が疫病を持っているなんて聞いたこと無い。

 偶然だ。

 タイミングよく湧いた疫病まで俺たちの……どれだけ疎まれればいい!


 俺は歯をかみ締めながら家に帰った。


「ただいま。聞いてくれ、セシリア! 今、街で広まっている疫病だが……」


 そう言いかけた俺の口は止まった。

 なんだ……この匂いは……


 いや、本当は分かっていた。

 なぜなら魔王討伐の冒険で散々嗅いできた。

 そして奥の部屋から聞こえてくる微かなうめき声……


 そう……この匂いは……


「セシリア!」


 俺は慌てて奥の部屋に入った。

 そして……その場に立ち尽くした。

 そこには腹部を剣で切られたらしきセシリアが倒れていた。

 床は真っ赤な血で染まっている。


「ああ……セシリア! なんで……なんで!」


 身体を抱き上げて何度も叫ぶ俺にセシリアは目を開いた。

 だが、目の光は消えかけ、唇は真っ青になっている。


「急に……三人……男の人……」


「もういい! しゃべるな! ああ……神様……なんで……」


「レイ……二人の……お城……」


「分かってる……絶対に作ろう。そして暮らそう! だから……頼む」


「約束……ね。ねえ……最後に……キスして」


 俺はセシリアにキスをした。

 彼女は血にまみれた舌を俺の口の中に入れた。

 彼女の血がたくさん入ってきたが、俺はそれを全て飲み干した。

 セシリアと一つになれる気がしたから。


「ありがとう……これで……ずっと、あなたの中で……一緒……」


 そう言うと、セシリアは目を閉じ……どんなに声をかけても、その目は開かれる事は無かった。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 町外れの崖の近くの丘。


 そこに掘った穴にセシリアの亡骸を埋め、簡単な墓標を立てた。

 ごめんな、こんな物で。


 その代わり……もうすぐを持ってきてやるからな。

 なんだったら、それで退屈しのぎでもするといい。


 俺は涙を拭くと木で作った墓標にキスをした。

 少しの間お別れだ。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 俺は町に戻ると真っ直ぐ酒場に向かった。

 恐らくあいつらだろう、やったのは。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 順番が前後するだけのことだ。


 酒場のドアを開けると俺はマスターのところに真っ直ぐ、迷い無く歩く。


「レイ! てめえ……今度は疫病を撒き散らし……」


 奴は最後まで言う事は無かった。

 その前に俺の剣が奴の肩から腹まで切り裂いたからだ。


「……え?」


 マスターは呆然としたまま倒れた。

 まず一人。


 酒場の中は騒然となった。


「なに……やってるんだ! この野郎!」


「殺せ……殺せ! この化け物!」


 俺は酒場の客たちを見回す。


「化け物か……なあ、どっちが化け物なんだ? 罪の裏づけもせずバカみたいにはしゃぎまわり、馬鹿にするだけでなく命を奪い……そっちの方が……」


 俺は目の前の客二人に向かって走り出すと、そのまま剣を振り二人の頭部と腹部を切り裂いた。

 店内に血しぶきが舞い、壁はどす黒い色に染まった。

 そしてパニックに陥る店内。


「そっちの方が……化け物だろうが」


 俺は微笑むと、逃げようとする客に向かって走り出した。

 素晴らしい……力が身体の奥から湧いてくるようだ。

 俺はこんなに動けたのか?

 冒険の時だってこんなに身体が軽かったことはない。

 そうか、セシリアが力を貸してくれてるんだな……ありがとう。


 俺は悲鳴の飛び交う中で、夢中になって剣を振るった。

 腕や足、首が舞う。

 悲鳴と命乞い。

 そして……肉を切り裂く音。


 俺は身体の奥から喜びを感じ、鳥肌が立った。

 セシリア、やっと俺たちの正義を示せたぞ。

 俺たちは……間違ってなかった。

 それを証明する。


 まずは……この街の全員を生贄にして。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 朝早くから始まった俺の敵討ちは、夕闇が降りる頃全て終わった。

 街の住民は文字通り全滅した。


 その中から、バーのマスターと客の数名、雑貨屋の店主の死体をセシリアの墓の前に置いた。


「セシリア、終わったよ。喜んでくれるよな? 俺は……今喜んでいる。自分のあるべき姿に帰れた気がするんだ」


 そう言って微笑む。

 身体から立ち上る湯気と血の匂いが心地よい。


「でもな。まだ終わってないんだ。今度はお前との約束を果たそうと思うんだ。ほら、言ってただろ? 二人の世界が欲しい、って。二人のお城を、って。それを……もらいに行くよ。手に入れたら、お前のための部屋も作ってやるからな」


 俺はそう言うと、立ち上がり歩き出した。

 王宮へ。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 エルドア王国が一夜にして文字通り壊滅し、復活した魔王が支配するようになった、と言う評判が広まって半年が過ぎた。


 その王国の崖に近い丘。

 そこに一人の盗賊が歩いていた。


 新たな魔王が支配するようになって、人が立ち寄らなくなった。

 お陰で廃墟の町からお宝も盗み放題。

 成功者は人の見ない所を見るものだ。


 事実、男はそれによって日々充分に飲み食いし、女を買うだけの収入を得ていた。

 そして、今回も一仕事終えて歩いているところに、偶然墓を見つけた。

 一つだけあるその墓はひときわ美しい墓標で、美しい花も供えられていた。


 これはこれは……

 絶対に宝が埋められてるっぽいな。


 きっと名のある貴人に違いない。

 だったら装飾品やそいつの好きだった宝石類も一緒に埋められているはず。


 盗賊は喉を鳴らすと墓標に近づいた。

 そして、墓標を触ったとき。

 盗賊はふと墓標の周囲を見回した。


 なんだ……これは?


 それは白くて小さな棒のような物。

 いや、盗賊はすぐに理解した。

 ……骨?

 なんで墓の周りに……


 そう思った時。


 男は前身が総毛だった。


 自分の足が……掴まれている。

 墓の……土の中から。


「え……なんで」


 呆然としている盗賊の顔は次の瞬間恐怖にゆがみ、喉が張り裂けるような悲鳴が出た。


 土の中から顔が……女性の顔が出てきたのだ。

 その顔は美しかったが……顔中に刺青のような不気味な模様がある。

 だが、盗賊はそんな事を考える余裕も無い。


 女は盗賊の足に噛み付くと、そのまま肉を食いちぎりだしたのだ。


「お……俺を……食べないでくれ!」


 盗賊は泣きながらそう叫んだ。

 微笑みながら自分の足を食べている女性に向かって。


 女性は血で真っ赤になった顔でニヤッと笑うと、身体を土の中から出して両腕を盗賊の背中に回すと、今度は肩に噛み付いた。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 それから10分もしないうちに、そこには小さな骨の欠片と、土の中から完全に出てきた女性……セシリアが立っていた。


「さて、お陰で身体も元通りか……人の体とは中々に厄介だな。再生に時間が掛かる」


 そう言うとセシリア……だった女性は、王宮を見た。


 そして、優しく微笑むと背中から羽を広げて飛び立つとつぶやいた。


「約束を果たそうか、勇者よ。我らの……世界を」


【終わり】

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勇者よ、手の鳴るほうへ 京野 薫 @kkyono

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