男子高校生よ、永遠に!

赤目

自虐的かつ理想的な成長論

 男子高校生とは実に面白い生き物である。


 持て余した自意識ゆえか、日々を刻むごとに歴史を黒く染め上げていく。


 過剰以上の自意識の前じゃ、尊大な羞恥心も臆病な自尊心も、泡を吹いて虎になること疑わない。


 とまぁ、訳のわからんことを考えてる俺も生粋の男子高校生なわけだけど。


 ホワイトボードに書かれた数式をプリントに写しながら、「いったい、あと何回教室を出入りするのだろうか」なんて、ぼやくように思った。


 もう三年生。入試が始まれば自由登校になるし、去年のように三月いっぱいまで青春を謳歌するわけじゃないだろう。


 いや、去年も別に青春を謳歌した記憶はねぇな。気づいたら最高学年だったし。


 俺も青春したかった。多くは望まない。可愛い彼女が欲しいとか、部活で全国大会出てみたかったなんて、努力してない俺は羨まないさ。


 ただ、彼女とはいかずとも。


 「春歌はるかくん」って下呼びしてくれて、軽めのボディタッチとか、放課後遊びに誘ってくれるとか、たまに深夜に連絡くれる女子友達が欲しかった。


 ダメだ。そんな女の子いたら惚れてしまう。惚れた挙句、「コイツ俺のこと好きなんじゃね?」って勘違いするまである。告白して振られるのは想像に難くない。


 なら、「先輩っ」って廊下ですれ違うたびに挨拶してくれて、じゃれ合いみたいに肩を叩いてきたり、自分が入ってる部活に勧誘してきたりする後輩が欲しかった。


 ダメだ。そんな女の子がいたら惚れてしまう。惚れた挙句、以下略。


 さすれば、「アンタのことなんか全然好きじゃないんだからね!」って言ってくれる幼馴染が欲しかった。


 これもダメだ、幼馴染って時点でもう惚れてる。それに、全然好きじゃないとか言われたら、深夜に失恋ソングと涙を流しながら、友達とVC繋いで夜通し銃撃戦に勤しんでしまう。


 話を戻そう。


 ……なんの話してたっけ? 俺が振られる話の前が……こんな女の子欲しいなって話で、その前が、青春がしたかったという話だったはず。


 思い出した、あと何回この教室の扉をくぐるのかという話。女の子の妄想の方が楽しかったな。


 実際、あと半年もしないうちに俺は高校生という肩書きが奪われる。浪人とか留年も選択肢の一つだよね!


 浪人はともかく、留年は選択肢じゃないんだよなぁ……


 もう友達にも選挙権を持ってる奴もいるし、バイクの免許を取った奴もいる。おそらく、高校卒業とともに、いろんなことが変わっていく。


 なら、俺は今、何者なのだろう。子供か、大人か。そんな線引きに意味はないのかもしれない。でも、知りたいって気持ちに意味はきっとある。


 なんて、こんな恥ずかしいことを考えなくなったら大人なのかもしれない。


 もう、板書を写す手は止まっていて、シャーペンは机の隅っこに追いやられていた。


 俺は子供じゃないと思う。ハイハイも十数年前に卒業したし、たまごボーロだって、たまにしか食べてない。


 sixで笑わないし、スマホにウイルス検知の文面が出ても焦らない。


 予測変換欄の初期化方法も、検索履歴の消し方も知ってる。


 戦隊ヒーローにはなれないし、サンタさんはいない。


 学校がテロリストに占拠されることもなければ、世界がゾンビで埋め尽くされることもない。そんなこと、分かってる。


 だからきっと、子供じゃない。

 けれどたぶん、大人じゃない。


 結論を言おう。

 俺は、男子高校生だ。


 下品で、汚くて、自意識過剰で、恥ずかしくて、イタくて、純粋で、もろくて、ノリが良くて、バカで、アホで、マヌケで、カッコつけで。


 自分が思ってるよりも子供で、頑張って背伸びして大人になろうとして––––



 チャイムが鳴ると、一気に空気が弛緩する。誰も頭を下げない礼が終わると、帰りのホームルームがすぐに始まる。


 いつもとなんら変わりのない担任の話が終わると、少し声が大きい挨拶で幕を閉じる。もう帰れるからって分かりやすすぎる。


 制カバンを持って、教室の扉を抜けた。



 あと何度この扉に手をかけようと、俺は男子高校生でいたいと思った。


 なぜかって?

 その答えはもう教えたはずだ。



 男子高校生とは実に面白い生き物である。

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男子高校生よ、永遠に! 赤目 @akame55194

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