第一章 雨の夜、小鉢との出会い

第2話 転落の始まり

※以降、しばらくガイノスの凋落描写が続きます。転機は第 7 話からになります。


❖ 冒険者パーティ「ダンジョンシーカー」

 

 時は少し遡る。


 ガイノスたちが追放された辺境領から王都カイロネスへと続く街道は、やけに長く感じられた。


 空は鉛色に曇り、時折冷たい風が吹き抜ける。道端の枯れ草が、まるで今の自分の心を映すかのように力なく揺れていた。


 ガイノスは、揺れる馬上で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


 数日前まで、彼はAランク昇格を目前にした冒険者パーティ「ダンジョンシーカー」の、自信に満ちたリーダーだったはずだ。


 それが今や見る影もない。

 

 辺境領での失態。


 封印されていた扉を開いたガイノスは、その中に閉じ込められていた危険な魔獣の群れを解き放ってしまう。


 慌てて逃げ出したガイノスたちを、魔獣たちは一斉に追い駆け始めた。


 モンスタートレインを引き起こしてしまったガイノスは、そのままアラン辺境領主の屋敷へと逃げ込む。


 その後、魔物たちは、辺境領主の臣下たちによって瞬く間に討伐された。


 すべてが終わった後、ガイノスは責任を問われることとなる。


 魔物によって荒らされた庭の畑を見て嘆く領主に、銀色の髪をしたメイドらしき女は、ガイノスたちに責任を取らせるべきだと主張した。


 その内容は、ガイノスたちを言葉通り「畑の肥料」にするというものだった。


 その目は間違いなく本気だった。


 恐れをなしたガイノスたちは、二度と戻らないことを条件に解放され、そのまま逃げるように辺境領を後にする。


 アラン・タシュオル辺境伯。


 それは、かつてガイノスたちが追放した、冴えない中年ポーターだった。


 そのまま落ちぶれて消えていくはずだった男は、魔神ウディナ・キキモーラを王国から追い払った功績により、辺境伯に叙爵される。


 まさに奇跡の成り上がりであった。


 そして、そのアラン辺境伯の領地で、しかもアランの屋敷で、ガイノスは不祥事を起こしてしまった。


 当初、ガイノスが辺境領を訪れたときは、アランが何か卑怯な方法で、自分たちを出し抜いたに違いないと信じていた。


 そのときのガイノスの胸の内には、ドス黒い嫉妬と逆恨みが嵐のように渦巻いていた。


 だが辺境領から追放された今となっては、そんなことはどうでもいい。


 なにしろアランのすぐ傍に立っていた、あの銀髪のメイド――


「肥料にする……」


 そう告げたあのメイドの目は、本気だった。


 ガイノスたちを許していなかった。


 本物の殺意をガイノスたちに向けていた。


 あのメイドなら、領主に黙って俺たちに追手を差し向けかねない。

 

 メイドから向けられた視線を思い出して、ガイノスは恐怖に震える。


 視線と言えば、ガイノスの隣を歩くリリアは、ずっとこちらを見ようともしない。


 その翠の瞳には、以前のような媚びる色はなく、ただ冷ややかな軽蔑だけが浮かんでいるように見えた。


 後ろをついてくるコルトも、以前のように甘えた声で擦り寄ってくることはない。 むしろ距離を置き、非難するような視線を時折投げかけてくる。


 エルフのシルヴィに至っては、完全に我関せずといった様子で、ただ黙々と前を見据えているだけだ。


 最初に沈黙を破ったのは、リリアだった。


「……ガイノス。あなたのせいで、私たちはとんだ恥をかかされたわ」


 その声は氷のように冷たい。


「辺境伯の屋敷に魔物を引き込むなんて……。ギルドに報告されたら、私たちの評価はどうなると思っているの?」 


「うるさい! あれは事故だ! 俺のせいじゃない!」 


 ガイノスは反射的に怒鳴り返すが、その声にはいつものような威圧感はない。


「事故ですって? あなたが功を焦って、無闇に古代の扉に手を出したからでしょうが!」 


 リリアの言葉に乗って、コルトも甲高い声でガイノスを追撃する。


「そもそもアランさんを追放しなければ、こんなことには……」


「またアランの話か!」 


 ガイノスは声を荒らげた。


「あんな奴はもう関係ない! それより、お前らが気を緩めていたから、扉の中にいる魔獣の気配に気づけなかったんだろうが!」 


 責任転嫁。


 見苦しい言い訳。


 それはガイノス自身が一番よく分かっていた。


 だがそれを認めてしまえば、彼のちっぽけなプライドは完全に崩壊してしまう。


 シルヴィが静かに口を開いた。


「……いずれにせよ、この一件は必ずギルドに伝わる。パーティの評判は地に落ちるだろう。Aランク昇格も、もはや望めまい」


 その言葉は、冷徹な事実としてガイノスの胸に突き刺さった。


 その日の野営では、重苦しい沈黙に包まれた。


 かつては羨望の的だったパーティ「ダンジョンシーカー」。


 その内部には、もはや修復不可能な亀裂が入り、不協和音が響き渡っていた。


 ガイノスは仲間たちの冷たい視線と、自身の招いた結果から目を背けるように、ただ固く拳を握りしめることしかできなかった。


 王都への道は、彼の転落への序章を告げるかのように、暗く、長く続いていた。




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