お隣さんは自称ゴスロリ魔王様~え? 本物なんですか?
そえるだけ
第1話 お隣さんはゴスロリの魔王様
ゴスロリ、角、幼女。
「なんだきさまは?」
インターフォンを鳴らして気だるげな声を出しながら出てきた人物を見て、頭に浮かんだのはその単語だった。
あまりにもインパクトが強すぎて、頭に浮かんでいた言葉が一瞬でかき消されてしまう。
「あ、いや、その……今日から隣に引っ越してきた天内君仁(あまないきみひと)って言います。引っ越しの挨拶に来て……」
モゴモゴとした喋り方で何とか挨拶を終わらせ、改めて目の前にいる少女のことを見た。
赤と黒を基調としたフリフリの服に身を包み、サラッとした長い銀色の髪は太陽に反射して輝いて見える。
まさにお人形のような姿をした小さな女の子。
十分な存在感を放っているが、少女の頭には人間にはあるはずのない二本の角が鈍く黄色に光っていた。
「最近のコスプレは凄いな……」
小さい声で呟きながら少女のことを観察する。
言っておくが、別に変態というわけではない。
田舎で育った俺は、こんな感じの恰好をしている人を見たことが無いのだ。
だからちょっと物珍しくて注目してしまうのだ。
「もうよいか?」
少女が早々とドアを閉めようとしたところで、俺はハッと我に返る。
「あ、待ってください。……これ、つまらないものですけど」
そう言いながら用意していた品物を紙袋ごと渡す。
すると少女はぱあっと目をキラキラとさせながら、紙袋を受け取った。
「われにくれるのか……っ!」
嬉しそうに言って、直ぐに紙袋から箱を取り出す。
……別にそんな大したものじゃないけどな。
少女はそのまま箱を地面に置いて中を開けた。
そこには俺が家の近所のスーパーで買った食器用洗剤の詰め替えセットが並んでいる。
……ごめんな。
さぞがっかりしたことだろうと、目を瞑りながら心の中で謝る。
しかし――
「なんだこれは? もしかしてジュースか?」
「え?」
まさかの発言に俺は思わず呆けた声が漏れる。
目を開けた時には既に遅かった。
少女は洗剤を一つ手に取って蓋を開け、風呂上りのビールのようにゴクゴクと飲み始めた。
「~~~~~~~!!!!! べええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! まずいぃぃぃぃ!」
そして涙目になりながら吐き出す。
当然だ。
俺も幼稚園の頃とかに間違って飲んだことがあるけど、マジで洗剤はめちゃくちゃまずい。
「う、うう……こんなもの!」
すると少女は泣きながら箱を手に取ってから思い切り投げ
「われはいらん!」
強く叫びながら手をかざすと、その小さな右の手の平から黒い炎が現れて箱ごと洗剤を消し炭にした。
――――――はい?
あまりの一瞬の出来事に、処理が追い付かなかった。
え、え、え?
なに今の。
手品じゃないよな?
手から出してたよな?
消し炭にしてたよな?
震えながら少女の方を向くと、人差し指を指しながら俺のことを睨んでいた。
「きさま! われをだれだと思っている!」
今度は腰に手を当てながら胸を張って言った。
「われこそは、魔界をすべるおう……魔王――アグノス・サタン・アムールなのだ!」
「ま、魔王……?」
数秒前の俺なら絶対に信じなかっただろう。
恰好も相まって、ただ少女が中二病を拗らせているだけに見えたはずだ。
「……きさま、まさかわれのことをしんじていないのか?」
「い、いや! そんなこと……ないですよ。うん。絶対に。それじゃあ! 俺はこれで! これからどうぞよろしくお願いします!」
自分が今できる一番の笑顔を浮かべながら早口で喋り、逃げるようにして自分の家へと戻り、鍵を閉めたドアに寄りかかりながら座り込む。
「……見間違いだよな?」
少女が出した黒い炎のことを思い出しながら小さく呟く。
きっとそうだ。
魔王なんてこの世界にいるわけない。
洗剤は投げ捨ててどっか行ったんだろう。
「きみひとー。おーい」
その時、ドアを叩きながら俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
背中が当たっているために振動が直に伝わる。
「なにかおとしていったぞー。いいのかー?」
「何か……?」
それを聞いた俺はズボンのポケットを確認すると、財布が無くなっていることに気が付いた。
「財布だ! ごめんありがとう! すぐに開けるから――」
立ち上がってドアノブに手を伸ばした瞬間、俺の手は空を切った。
そこにあったはずのドアノブが消えて、爽やかな風が前から吹いてくる。
まるでドアが無くなってしまったかのように。
「ほれ、これだ」
そしてなぜか目の前にいる少女に財布を渡された。
少女のもう片方の手には部屋のドアに似た物が握られていて、俺はもう固まるしかなかった。
ああ……。ドアどうやって直そうかな。
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