栞
Kei
栞
親父が亡くなって三ヶ月、俺は実家に帰って遺品を整理していた。
親父は癌だった。年に一度、市から案内のある健康診断を受けたところ引っかかったのだ。精密検査の結果、
母を早くに亡くし、親父と俺は二人で暮らしてきた。だからそれなりに話してきたつもりだった。しかし大学を卒業し、上京してからは仕事に追われる毎日で、親父と話す機会はほとんどなくなった。男同士だったこともあって電話もしなかった。そして実家には正月にしか帰らなかった。そんな状態が何年も続き、親父と疎遠になっていった。最後に会ったのは入院手続きに付き添ったときだ。そこでもゆっくり話す時間はなかった。そして亡くなった時も、俺は病院には間に合わなかった。
自立してから親父との間にできていった距離。俺は結局、それを埋めることができなかった。いや、埋めようと努力したのだろうか?俺は仕事を言い訳にしていたのではないか。男手ひとつで頑張って育ててくれた親父に対して申し訳なくないのか…
自問自答しながら書斎を整理していた時、薄暗い片隅に置かれた段ボール箱に気が付いた。明るいラクダ色の新しい段ボール箱だった。持ち上げようとすると重く、底が破れそうだった。テープは貼られていなかったので蓋を開けてみると、本が詰まっている様子が見えた。
俺は段ボールをリビングに、壊してしまわないよう慎重に持って行った。
明るいところで蓋をいっぱいに開いてみると、三列、三段に本がきっちりと詰め込まれていた。そしてその上に封筒が載っていた。
封筒には手紙が入っていた。親父から俺に向けてのものだった。
「佳一
おまえが上京して、あまり話すことができなくなったな。残念に感じることも多い。しかしそれよりも、おまえが無事に社会に出て働き始め、立派に自立してくれたことを本当に嬉しく、そして誇らしく思っている。
この箱を見て驚いたかもしれないな。実は本を読み始めたんだ。
おまえはミステリーが好きで、よく図書館に行っては借りていたな。いつも沢山抱えて帰ってくる姿を見て、申し訳なく思っていた。十分に買ってやることも、また話を聞いてやることもできず、すまなかった。仕事に追われて時間も心の余裕も持てなかったんだ。もちろんこんなことは言い訳にはならないな。
すでに独立したお前は、自分のためにお金を使うことができる。だから好きな本を沢山買って読むことができているだろう。
いつかおまえとゆっくり話す時間ができたらと思っている。そしてその時のために、父さんは本を読んで話題をためておこうと思う。本だから酒を飲みながら、というのはおかしいかな。もちろん一緒に酒をのむことができたら嬉しいが。しかしまずはコーヒーでも飲みながら話せる日を楽しみにしている。」
手紙の上に涙が落ちた。俺は胸が締め付けられる思いがした。
言い訳をしていたのは俺の方だったんだよ。ごめん。親父、本当に——
箱の中の本はすべてミステリーだった。ここ数年、話題になったものばかりだ。俺が気になっていたタイトルも沢山あった。忙しさを言い訳に、俺は、本を読む時間もまた失くしてしまっていた。
親父は新刊が出るたびに買っては読んでいたのだ。俺と話すために。
本を段ボールに詰めたのも親父らしい。書籍用の収納ボックスなどは思いつかなかったのだろう。
一冊を手に取ってみる。
表紙を開くと栞が挟んであった。そこには本を買った日付と場所、書店名がメモしてあった。几帳面な性格だったから、その都度記録していたのだろう。
親父の筆跡を懐かしく感じた。その事実に俺はまた悲しくなった。
栞を裏返してみると、そこにも何か書かれていた。
「佳一へ。犯人は依頼者だったぞ。父さんは驚いた。推理にやや無理がある。お前はどう思う?」
どうやら全ての本に栞が挟まっている様子だった。親父のことだ、他もきっとこの調子なんだろう。
俺は段ボールを書斎に持って行った。さっきよりさらに重く感じた。
これからは無理にでも時間を作って帰ってくる。
そしてこの部屋でゆっくり本を読もう。読み終えたらコーヒーをいれよう。
それから栞を裏返そう。
栞 Kei @Keitlyn
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