第2話

 土曜日だというのに、どうしてテストなんて受けないといけないんだろう。

 塾から帰る途中、赤信号に捕まった私はそう独りごちた。

 日が沈む頃までやっていたのは、塾が独自に用意した模試だ。2学期までの単元を振り返るのが目的らしいんだけど、どうして12月ではなく11月の、それも期末テスト前のタイミングなのか。模試の勉強も、期末テストの勉強も中途半端になってしまうだろうに。本当に生徒の成績を上げたいのか。塾の方針には首を傾げざるを得ない。

 あぁ、もうほんとにムカムカする。せっかくの休みにテストを受けなくちゃならないことにも、意味不明なスケジュールを組む塾にも、いつもの場所でギターが弾けないことにも……!

 というより苛立ちの大部分が最後の理由だった。あのナンパの人が怖くて、私は金谷駅前でギターを弾くのを控えていた。

 ギターを弾くだけなら別にどこでも良い。だけど、私にとってはあの場所で弾くことに意味があった。というよりあの場所で、弾くためにギターをしているという方が正しい。

 まったく本当に迷惑極まりない。どうして被害者の私が尻尾を巻いて逃げなきゃいけないのか。いや、実際尻尾を巻いて震えることしかできなかったけど……でもでもナンパのせいでこっちが鬱憤を辞めるのは納得いかない。

 溜まるフラストレーションを発散するために新譜をやけ買いをしたのだが、しかしこれが行けなかった。弾けない新譜に一体なんの価値がる。余計にもどかしさが募るばかりで、フラストレーションが溜まるだけじゃん。馬鹿なの? 馬鹿です。馬鹿な私でした……。

 ええい、もうこうなったら仕方がない。コンビニのホットスナックでも食べちゃうもんね。普段はお小遣いが勿体無いから買わないけど、知ったこっちゃない。青になった信号を合図に、横断歩道を渡った先のコンビニに駆け込む。


「らっしゃーせー」


 バイト店員さんの気怠げな声に出迎えられた私はたたらを踏んだ。

 店員さんがあのナンパの人と歳が近そうな男の人だったから。いや、あの人と比べるとだいぶ草臥れてるし、髭も生えてて似ても似つかないけど、でもそれでも一瞬だけ弱気な自分が顔を出す。


「——?」


 変な格好で固まった私を、店員さんは訝しげな顔で見てくる。その気はないんだろうけど、眉根を寄せた顔が怖い。急いで私は整備が行き届いてないロボットのようにカクついた動きで商品棚に身を隠す。

 どうしよう。完全に出鼻をくじかれた。ほとんど勢いでやってきたから、気勢を削がれてしまって一気にげんなりモード。なんだか何もかもどうでも良くなってきた。不運は連続するもの。立て続けに起きた厄介ごとにひっそり涙するしかない。

 はぁ、もう帰ろうかな……勢いで来ただけだし、別にホットスナック食べたいわけじゃないし……。


(うん、よし、帰ろう!)


 やって来た方向へ回れ右。出来る限り足音を消す気持ちでと――冷静に考えれば出迎えのBGMが流れるから無意味だ――ガラスの自動扉から見える外の世界へレッツエスケープ!


「――あれ、美鈴ちゃんじゃん。なんだか泥棒みたいな動きしてるけど何してんの?」

「お、おお、おおお姉さん?!」

「あはは、面白い動き。文化祭か何かでサーカスでもやるの?」


 挙動不審に跳びあがる怪人物――すなわち私――をお姉さんは笑い飛ばす。

 

「って、なんでこんなところにいるんですかっ」

「なんでってバイトだよ、バイト。ここ、アタシのバ先なの」

「はえ~、なんだか意外です。てっきりライブハウスとかで働いているものかと」

「……いやぁ、出演者が裏方やるのってちょっときつくない?」


 お姉さんは歯を見せてそう答える。だけど、ちょっと間があった。よく見ると、笑顔の調子もちょっと影があるように見える。もしかしたら触れて欲しくないことだったかもしれないと、迂闊な自分に胸が痛んだ。

 空気を切り替えるようにお姉さんは両手を鳴らすと溌溂な声で問うてくる。


「で、何か買いに来たんじゃないの?」

「え、あぁ、いえ、まぁ……」


 「勢いでやってきました!」とは、素直に言い辛い。しどろもどろな私に、何を思ったかお姉さんはレジにいる男の店員さんへ矛先を向けた。


「ちょっと、ナベちゃん。女子高生、怖がらせてるんじゃないよ」

「別に何もしてねーよ」

「ほんとにぃ? アンタ、ただでさえ顔が怖いんだからもう少し愛想良くしなさいよ」

「うっせーな。愛想よくしてんだろうが」


 ケンケン、ガクガク。

 ぶつけ合う言葉は荒いけど、だからこそ信頼が読み取れる。同じシフトが多いんだろうか。お姉さんとナベちゃんと呼ばれた店員さんは、まさに気心の知れた様子だった。


(――っ?)


 ふと、心に靄のような苦みが広がる。知らない感覚だった。とても薄い、それでも確かにあって心に留まるもの。気持ちが悪くてえずいてしまいそうな、嫌な感じがするもの。


「美鈴ちゃん、どうかした?」

「い、いえ何でもないですっ」

「――?」


 善意しかない疑問顔が辛い。とにかく買う気はなくなったとだけわたわたと伝える。焦ってたのは、お姉さんに恥ずかしい姿を見られたからだ。今すぐ穴の中に入りたい……。

 

「じゃあ、私はこれで帰るので……お騒がせしました」

「あ、待ちなって、美鈴ちゃん。この後、時間ある?」

「はい?」


 思わぬ言葉に面食らう。どういう意味での申し出なんだろう。意図を掴みかねて困っていると、お姉さんはとんでもないことを言い出した。


「良かったら、うちでちょっと話そうよ」


 はい?

 

 

 

 

 

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さよならNameless Sound 御都米ライハ @raiha8325

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