夢の話

紫乃美怜

夢の話

 こんな夢を見た。

 夏だろうか。辺りは青々とした木々に囲まれていて、所々ヒビの入った黒いアスファルト道路には、車も人も獣の姿もいない。

 地元の田舎によく似て異なるその場所に、私は『帰ってきた』と思った。

 実際の私はこのような場所を知らないはずなのだが、その時の私は、山肌に沿って曲がった道路の、その先の向こうに神社があることまで知っていた。

 ふと見れば、私の正面に真っ白い狐が座っている。狐は細くしなやかな前足を、上品にちょこんと前で揃えて、まるで何か言いたげに私の方をじっと見つめた。ふさふさした尾がふうわりと揺れる度、木漏れ日に反射して銀色に艶めく。

 私は狐に一礼した。そうすれば、狐も一つお辞儀をする。そしてくるりと私に背を向けると、道路を逸れた草むらの中に入っていった。

 私は狐の後を追いかけた。そうしなければならないと思ったからだ。

 狐は私の前を常に三メートル程あけて先を歩く。こちらを振り返るようなことは決して無かったが、その歩調は、草を掻き分けながら懸命に歩く私に合わせるように、随分とゆっくりしたものだった。

 程無くして、開けたところに出た。狐はいつの間にかいなくなっていた。

 其処には倉庫のような木造の小屋があって、屋根や壁は波型のトタン板で囲むように補強されている。私はぐるりとその周囲を回り、やがて物音がしないのを確認すると、小屋の扉を開けた。

 中は外から見るよりも広く感じる。あちこち埃や木の屑が降り積もっていて、長年使われていない様子だった。

「おねえちゃん」

 霞みがかったような声が私を呼んだ。見れば、隅に置かれた石の寝台の上で、私の妹が横たわっている。薄い息を吐く妹は、青い血管が浮いて見えるほど白い肌に、金色の髪をもつ、一見すると露西亜人のような少女だった。

 先に言っておくが私に妹はいない。それでもその少女は私を『おねえちゃん』と呼んだし、私は彼女を妹だと認識していた。

「寒いの」

 色素の薄い目で、妹が縋るように私を見つめる。私はすぐにでも彼女を温めなければならないと思った。

 丁度、妹が寝ている石の下には、空洞があって、薪がくべられていた。私はポケットからジッポライターを取り出して、その薪に火をつけてやった。

 火種もないのに、火はあっという間に燃え上がり、ごうごうと唸りを上げる。

 室内はゆらめく陽炎と眩むほどの熱気に包まれた。じゅうじゅうと肉の焼ける音がして、石の上の妹が焼けている。石はもう絶対に触れないくらい熱を帯びていたが、妹はその熱さでも悲鳴一つ上げなかった。

 美しい金髪は焼けて縮れていたし、皮膚なんかはだらりと溶けて、焼石にぺったりと張り付いてしまっている。

 それでも妹は、

「寒い、寒い」

 と、ただ譫言うわごとのように私に助けを求めた。

 私は思った。

 もっと温めてやらなければならない、と。

 周囲を見渡せば、そこに柄の長い鉄製のスコップのようなものがある。私はスコップの先を火にくべて、熱々に熱したところでそれを取り出した。

 そして今度は、その熱された先を妹の白い頬にあてた。じゅっと焦げる音がして、妹の頬が赤く爛れた。

「熱い? ねえ熱い?」

 私は妹にそんなことを問いながら、何度も何度も頬を焼いた。焼けたところから甘い煙が立ち上り、私の視界を覆った。

 妹は何も言わなくなった。

 私はなおも妹の頬を焼き続ける。可哀想な妹をただ助けてやりたいという一心で、私は懸命に熱いスコップを押し当てた。溶けた妹の皮膚がスコップに張り付くせいで、はがすたびにごっそりと皮が捲れていく。だんだんと重くなるスコップをそれでも握り続けた私の手は、皮が捲れて真っ赤に腫れた。


 そうして気付けば目が覚めていた。

 清々しい朝だ。憂鬱な仕事も、今日は休みである。

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夢の話 紫乃美怜 @shinomirei

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