【その翡翠き彷徨い】
七海ポルカ
第一部 高貴なる竜座 命を捧げよ
第1話【占星】
【エデン】と呼ばれたその世界の北東にサンゴールという国が存在した。
竜を国紋に戴く歴史ある大国である。
隣国アリステアの王女でありながらサンゴールの第一王子グインエルに嫁いだアミアカルバは、優れた魔力を持ちながらも身体が弱い夫に代わり『
外界には華やかな活躍を見せたアミアだが、幼馴染みで幼少から心通わせ合っていたグインエルの妻となったものの、もともと病弱だったグインエルは婚姻を交わしてから伏すことが多くなり、遅りに遅らせていた結婚式を挙げる前に南方ドリメニクで火の手が挙がってしまったのである。
病と王位継承問題を常に抱える夫に代わり、一年の長い遠征に出発したアミアだったが、彼女の不在の間に王子グインエルは増々病を深めて、想い合った二人の幸せな時は帰国後三年しか続かなかった。
第一王子グインエルが三十にも満たぬ若さで早世してしまったのである。
生まれたばかりの王女ミルグレンに顔を覚えられることも無く命の炎を消したのだった。
婚礼はとうとう、挙げることは無かった。
そんな波乱に満ちた王妃アミアカルバの人生は、その途上で一人の少年を導き出す。
少年は【有翼の蛇戦争】終結期にサンゴール王国への帰路を急いでいたアミアの一団により保護された。
場所はリングレー王国沿いの小さな村でヴィノ、と周辺に住む者だけが知っているような辺境である。
【有翼の蛇戦争】により治安が悪化したリングレー界隈ではよくあることだった。
――ヴィノは盗賊の一団に襲われたのである。
まだ炎の匂いを孕んだ風が吹き付ける焼け落ちた村には生存者の気配はなかった。
残酷な言い方ではあったが、それもよくあることだった。
他の地でもそうして来たように、アミアが骸の残っている者だけは集めて弔おうと兵達に命じた時、砕かれた教会の中に村唯一の生存者として倒れていたのが少年であった。
炎の中に焼け落ちた記憶と、リングレー地方には滅多に見ない翡翠色の光を宿した瞳を持つこの少年を、王妃アミアカルバは一年の長い戦争の終わりに保護し、サンゴール王国へと連れ帰る。
それから数年はサンゴール城下にある教会で王妃の腹心である神官によって教育をさせた。
グインエルが死去するとその遺言によりサンゴール王国の女王となったアミアは周りの反対を押し切り少年をついに王宮に引き取って、自分の養子格として育てた。
慣例として、原則王位は男子継承と定められているサンゴールの女王が『少年』を自らのもとに導いた意味を深く考えない者はいない。
何より第一王子グインエルは早世し、女王アミアカルバには王位継承とは関わりのない王女が一人存在するだけなのだ。
正式に養子にする、という明言は無論のこと無かったが、
どこかの貴族の許にも明確に預けなかったことから、この少年と女王の意図を巡って様々な憶測が巻き起こることになる。
グインエル亡き後【沈黙の王子】と揶揄される第二王子は、次の有力な王位候補だったが、兄と違い非常に気難しい気質で知られる彼の前途も、単純に明るいとは言えなかった。
魔力と神儀を重んじるサンゴール王国の元老院はせめてもの抵抗に、少年を国一の占星術師に掛けることを王妃アミアカルバに進言する。
出自を保証する者を持たない少年の先に、もし微かにでも凶兆が見えた時は王宮から出すこと、と約束を取り付けたのである。
流浪の宿星を持つこの少年が大勢の眼に晒されながら占星に掛けられたのは、この一度だけであった。
その最初で最後の占星で、少年は何ら目立つ所の無い予言を得る。
未来視が占った少年の潜在的な性格は、ただ「瞑想的な性格をしている」とだけ占われた。
短い占星とは異なり、実際の少年の人生は苦悩の中に一輪の花を探すような、
波乱に満ちた一生となる。
……もし時が過ぎて占星を得ていたらそれは静かな一生を送ることになる、とは決して占われなかったに違い無かった。
未来が現在になった今、少年に与えられるべき占星は【不安定な魂】と【狂おしい愛】……。
それこそが彼の人生を激動の波に巻き込んだ起因そのものであり、生を歩ませる理由、そして終焉へと歩ませる理由でもあった。
唯一言い当てられた【瞑想的な性格】という予言は彼の苦悩を一層彩り、光を問い続ける根源ともなる。
その翡翠の瞳は、高貴なる位に座する竜の双眸にのみ捧げられた。
二つの隠された予言を与えられた少年。
――その名を【サダルメリク】と言った。
【終】
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