第11話 終わってる人
オレはいつからこんなふうになってしまったんだろうか。
気づいたときには、部屋の中に閉じこもったまま、外に足を踏み出すことすらできなくなっていた。
まるで世界のすべてに背を向けているような生活、朝が来ても、カーテンは閉めっぱなし。
夜になっても、どこへ出かけるわけじゃない。ただパソコンやテレビの画面を眺めたり、埃をかぶったゲームソフトを手に取っては、そのまま遊ぶ気力もなく机の上に置きっぱなしにしている。
そんな日々を繰り返しているうちに、自分がどれだけ年を重ねたのかすら、あやふやになってきた。
──いったい、いつから、こんな……
かつてオレは、自分こそがヒーローになれると信じてた。正義を貫いて、困っている人を助けて、みんなに笑顔を取り戻してもらう
――そんな未来を、本気で夢見ていたんだ。幼い頃は特撮ヒーローに熱中して、テレビの前で真似をしたり、学校では戦隊ごっこをして遊んだりした。
「いつかオレも世界を救うんだ」なんて無邪気に言っていた。
でも、現実は甘くなかった。学生時代、クラスには必ずイジメがあった。オレはそれを黙って見過ごすことなんてできなかったから、イジメられてる子を助けようとしたんだ。最初は周りが「すごいな」ってちょっと褒めてくれたけど、それも一瞬だけ。
そのうちイジメっ子たちの恨みを買って、今度はオレが標的になってしまった。少しは覚悟していたけど、実際に自分が殴られたり、嘲笑されたりする痛みは想像以上だった。
けれども【正しさ】を捨てるなんてできなかった。ヒーローに憧れてるくせに、ここで逃げ出すわけにはいかない。そう思って必死に耐えても、結果的に周囲との壁はますます厚くなるばかりだった。
さらに追い打ちをかけるように、オレが密かに想いを寄せていた女の子が、イジメの主犯格と付き合っているのを知ってしまった。
あれは本当にショックだった。「オレが正しいと思ってやっていることは、いったい何なんだろう?」と頭がぐちゃぐちゃになった。それでもオレは自分を曲げられず、「人生悪いことばかりじゃない」とか、「やっぱり正義の味方でありたいんだ」なんて無理やり自分を奮い立たせていたんだ。
けれど、社会に出たらもっと厳しかった。ようやく入った会社では上司にパワハラされ、客先でも理不尽なことを言われ、同僚とは上手く馴染めず、浮いた存在になっていく。正義感だとか、人助けの気持ちなんて、誰も求めてなんかいなかった。
上司が部下をいびってるのを止めようとしたら、【お前は何様だ】と罵られたり、陰口を叩かれたり。そんな状況でも、オレは【いつか認めてもらえるはずだ】と思い込もうとしていた。自分が折れたら、子どもの頃に信じてきたヒーロー像まで否定することになるようで怖かったんだ。
そんなオレに少しだけ優しい言葉をかけてくれた女性がいた。仕事で落ち込んでいるときに「大丈夫?」「無理しすぎないでね」って声を掛けてくれた。
その程度の一言に救われるくらい、オレはギリギリの精神状態だった。だから、彼女が「他の男の子どもを妊娠して困ってるんだ」と泣きついてきたとき、オレは何の疑いもなく「助けてあげたい」と思った。
自分が正義を貫いてきた意味が報われる気がしたし、誰かを本当の意味で救えたら、自分はまだ必要とされているんだと確信できると思った。
結果、オレは騙された。高額な堕胎費用はすべて嘘。彼女は別の男と遊興費に使っていただけ。
──後日、腕を組んで歩いているのを見て、すべて察したときの絶望感は言葉にならなかった。「助けたい」って気持ちが、ただ利用されるために存在していたみたいで、惨めで情けなくて涙も出なかった。
会社の上司のパワハラも強くなって、同僚達からも煙たがれてオレがいない場所だけでご飯をいっていたりしているのも知った。
そういうのが積み重ねって、朝起きることができなくなった。そうだった、部屋から出ようとすると……
急に泣きそうになってしまった。
そして、会社にも顔を出せなくなった。結局、仕事も辞めて実家に戻った。
その後は特に何も大きな出来事もなかった。ダンジョンに一時期潜ったこともあったが才能がなくて辞めてしまった。
「冒険者に夢見た時期もあったけどな……」
何をやっても……もうダメなんだとオレは思い塞ぎ込んだ
何をやっても……もうダメなんだとオレは思い塞ぎ込んだ
親は当然「どうしてこんなことになった」と怒ったり嘆いたりしたけど、オレには答える力も残っていなかった。
自分が信じてきた正義や優しさが全部、偽善だったように思えてきて、外に出るのも怖かった。もう二度と、他人になんか期待しない。期待されたくもない。自分を必要としてくれる人なんていない。それなら、部屋に閉じこもって生きていくしかないじゃないか。
それから何年たった? 気づけばオレは四十を過ぎ、家の中でただ生きてるだけの存在になってしまった。
親父は「男なら外で働け」「そんな歳で恥ずかしくないのか」と怒鳴るけど、それが正論だってことくらい分かってる。
ただ、分かってても行動できない。笑われるかもしれないが、トラウマが頭を支配しているんだ。オレはまた、誰かに騙されたり、踏みにじられたりするんじゃないかと思うと、足がすくんで動けなくなる。
お袋はお袋で「あなたが小さい頃は、本当にキラキラした笑顔だったのに」なんて泣きそうな顔で言う。それがどんなにオレを追い詰めているか、当の本人は分からないだろうな。
──本当はオレだって、こんな生活を続けたいわけじゃない。
でも、もう手遅れなんじゃないか? 学歴も中途半端、職歴もボロボロ、社会に出たところで通用する自信なんて微塵もない。
それならいっそこのまま、誰にも迷惑をかけずにひっそりと生きて死んでいく方がいいのかもしれない。
だけど親の年金やわずかな貯金を食いつぶしている事実が、さらにオレを苦しめる。「こんなオレを生んだばかりに、親にだって申し訳ない」って思いながら、どうしても変われない自分がいるんだ。
たまにネットで見るんだ。「一歩踏み出せば人生は変わる」「人は何度でもやり直せる」って言葉。でも、その一歩が踏み出せなかったオレがここにいる。怖いんだ。
新しい人間関係を築くのも、過去のように踏みにじられるのも。何より、また人から攻撃されるのが……
【頑張ればなんとかなる】って希望を抱くたびに、裏切られた記憶が邪魔をしてくる。オレはそんな痛みをもう一度味わいたくない。それだけだ。
心のどこかで……
いいや、もう一回だけって声が聞こえる。あきらめないで、と。
お前はまだ動けるだろう、と。でも、その声を無視することにも慣れてしまった。外の世界は怖い。人を助けようとして、また裏切られるくらいなら、最初から何もしない方がマシなんじゃないか。そういう卑屈な考えが、オレの身体を鎖のように縛っている。
朝が来て、親父とお袋が起きる音が聞こえると、オレは息を潜める。あの2人が朝から働いている事実が分かるから、何か言われたくなくて隠れて耳を塞いでいる。
本当は両親がオレに前のように生きて欲しいと思っているのは知っている。
だけど、オレは親の気持ちに応えられず、ただ廃人のように部屋で過ごしている。情けないし、申し訳ないと思う。だけど、この部屋の扉を開けて外へ出ていくとき、またオレは世界に踏みつけられるかもしれない。それを想像すると呼吸が苦しくなって、頭が真っ白になる。
それでも、オレは今日も生きてる。完全に終わりにする勇気もない。クソみたいに中途半端で、自分で自分が嫌になる。
だけど、これがオレの現実だ。現実から目を背けてきた結果が、この引きこもりの姿だってことは百も承知してる。誰かに手を差し伸べて「大丈夫、もう傷つかないよ」と言ってもらえるなら、オレは泣いてすがりつきたい。
でも、そんな都合のいい人間が現れるわけがない。オレが昔、他人に抱いた期待を踏みにじられたように、この世界は甘くない。
──カチ、カチ
その日は眠いのに眠れなかった。妙に脳が覚醒していたのか、寝たいのに中々寝られない。
だから、眠れるような動画、音楽とかをなんとなくでネットで探していた。大体の動画は見たことあるし、しかも眠れないのが多かった。
そして、とある動画に辿り着いた。
【世界で1番眠れる子守唄】
そうタイトルには表示されていた。サムネには女性Vチューバーの画像が貼られている。視聴回数は134回ほど。
そこまで数は多くないけど、なんとなく眠れるなら、それで気がまぎれるならと動画をクリックした。
ヘッドフォンをして、取り敢えず動画を少しだけ流す。
『あなたの夜に、ひとすじの光を! どーもー、勝利と月の女神ヴィクトルナでーす!』
『え、ええと今日は子守唄を歌います。それではいきなりですが……』
『ねーんねーんころーりよー、おーこーろーりよー。みーんなはいいこだー、ねんねしーなー』
──飛び込んできたのはとんでもなく、可愛い声の子守唄だった。
「……な、なんだこれ。こんな可愛い声の人っているのか……チャンネル登録は50人ほど……素人めでも分かる才能の原石だろ」
意味もなくネットサーフィンをしていたオレからしても、その才能の大きさがわかってしまった。
素晴らしいと思う反面、こんな大きな才能があることが羨ましいと思ってしまった。
「これは今後伸びそうなのが出てきたなぁ……」
そう、確信をしたが不思議と子守唄を聴いていると眠くなりその日は起きることはなかった。次の日、いつもより健康的な時間、8時に起きた。
「……なんか、気分が軽いような」
なんだ? 偶々……いや、こんな風に調子が良いだなんて思うのはしばらく無かったはずなんだけど。
「8時……両親はもう出かけてるな」
不思議と昨日見た動画投稿者が気になった。あくまでVチューバーとしての配信がメインらしい。だから、少しだけ、気になったのでアーカイブなどを何個が拝聴した。見ていると気づいたが、彼女は
誰かを応援するを軸に行動をしているように見えた。悩む冒険者や、会社に疲れたサラリーマン、学生、色んな人に頑張れ、と応援をし、前を向けるようにしているように。
そして、コメント欄を見てると応援をされて人生が変わったといっている人が多数見受けられる。
「……オレも、応援されたら人生変わるのかな」
そんな訳がない。分かっているのだ。今更誰かに何を言われたからといって、変わるはずがないことは。
「……ちょっと配信のアーカイブとかも見てみようかな」
ただ、今日は不思議と少しだけ……気分が良かった。ほんの少しの興味でここまでオレが動くなんて珍しい。
『私は画面の外から、ダンジョンを見ることしかできない……安全圏で見ているだけだ。だから、私のできることは微々たるものかもしれない。でも、私は今、私にできることをしたい。ひかりんさん、貴方を応援します!』
『はい!! 応援します! 頑張れ! ヒーロー!! ずっと応援してます!!! だけど、怖かったらまたここに来てください!! 私がここに居ます!! また絶対配信します!!
『──貴方が勇気をまた、貯めてくれるまで!!!』
『──頑張ることに疲れたら、また来てください!! 私がいる!!』
それはとある冒険者に大数熱い応援が残されたアーカイブだった。信じられないが、この動画は同接が2人しか居ない時の配信らしい。
……この応援は彼女の本心で言っているのか、微かに疑いの目もあった。でも、嘘を言っているようには聞こえなかった。
単純に声がとんでもなく可愛い……と言うのがプラスに働いてるような気もするけど、オレは異性に過去騙されたこともあるから割とフラットに評価できる人間でもあると思っている。
……多分、本心で人を応援している。そうだな、オレはそう信じれるような……
いや、今日のオレはどうした? なんだ、こんな信じるを安易に出来る人間だったか?
一晩、寝ただけで自然と体は軽いし、気持ちの持ちようも楽になっている。何より、信じる……? オレが……?
ずっと底辺に居たオレだから分かる、微かに浮上をしたような感覚。いつもと違う自分の感触。
「……オレも、応援されたら……もう一回、立ち上がれるかな」
【勝利と月の女神・ヴィクトルナ】、調べると配信は大体夜の8時から12時前までくらい毎日行っているらしい。チャンネル登録者は59人、日に日に数が増えているような印象を受ける。
ここで、コメントをしてみようかな……
夜8時か……多分、今日もやるよな?
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