第22話 虚弱聖女と会議

 レイ様が城を出る、という騒動から一ヶ月ほどが経過した頃、レイ様を支える高位貴族たちを集めて会議が開かれた。


 上座には、レイ様とラメンテが並んで座っている。私はラメンテから見て右前に座り、ルヴィスさんはレイ様の傍に立っている。ちなみに、レイ様の左前にいるのはローグ公爵だ。


 議題はもちろん、ラメンテが力を失った影響で衰退したルミテリス王国を、これからどのように回復していくかについてだ。


 この一ヶ月で集められた、ルミテリス王国の現状報告を元に、どのように支援をしていくか、具体的に決めていくのだという。


 私が会議に出席していいのか不安があったけれど、ルヴィスさんから是非と言われ、ここにいる。


 それにしても、改めて積み上がった問題を聞くと、本当に深刻な状況だったのが分かる。


 過酷な状況でも諦めず、必死になって生きてきたルミテリス王国の人々には、頭が上がらない。


 民のために解決策を模索し続け、憎しみの対象になろうとしたレイ様にも――


 レイ様が、この場にいる人々を見据える。


「まず最も優先すべきは、弱りつつあった結界の回復だ。今は現状維持が出来ているとはいえ、弱った結界を回復しなければ、結界内の環境が悪くなっていくからな」


 確かに。

 結界の力が弱ると、自然の豊かさが失われるだけでなく、結界が小さくなっていって、人間が住める場所が狭くなる。


 だから結界の回復は、最優先事項だ。


 レイ様の発言に、ラメンテが耳を立てた。


「それは大丈夫。セレスティアルが以前与えてくれた力が、今も結界に流れているから、少しずつ修復が進んでいるよ。だけど……」


 自信に満ちあふれていた声色が、だんだん沈んでいく。


「僕が弱っていたせいで、随分結界が弱まっていたから、結界が修復され、結界内が以前の豊かさを取り戻すのには、もうちょっと時間はかかるかも。だから、自然の豊かさが減って早急に支援が必要な場所は、僕が直接行って自然を蘇らせた方がいいかもしれないね」

「王都の自然を蘇らせた力で、国中の自然を蘇らせるのは難しいの?」


 ふと湧いた素朴な疑問を口にすると、ラメンテは静かに首を横に振った。


「僕の力のほとんどは今、結界回復に使われているんだ。だから、直接自然を蘇らせる力を使うのにも限度がある。どこかしこもでも、というのは今は無理だから、優先順位を付けて貰った方がいいかも。だけど結界の回復が落ち着いてくれば、そちらに回す力も増えてくるよ」

「私があなたに力を注ぎながら土地を回復したらどう? それなら、国を蘇らせるのも早くなるわ」

「うーん……」

「俺が駄目だと言ったんだ、セレスティアル」

「えっ?」


 言葉に詰まったラメンテの発言を引き継いだのは、レイ様だった。

 国を早く蘇らせたいと一番に考えていらっしゃるはずのレイ様が、まさか禁じていたなんて。


 驚きで何も言えずにいる私に、ルヴィスさんが説明してくれた。


「陛下とラメンテ様とも話し合った結果です。我々にとって、聖女は未知なる存在で分からない部分が多い。だから無理をしない範囲で進めていこうと考えております」

「で、でも……」


 皆、一刻も早くルミテリス王国を蘇らせたいはず。


 私が供儀の度に倒れていたから?

 虚弱体質だから?


 私に、もっと力があれば……ルミテリス王国をもっと早く回復出来るのに。


 しばらく影を潜めていた無力感が蘇り、心が下を向きそうになる。


「セレスティアルは悪くないよ。悪いのは僕だ。僕にもっと力があれば、この国をすぐに蘇らせることができたのに……」


 私を慰めるラメンテの尻尾が、力なく垂れていた。彼も、自分の力のなさを悔しく思っているように見えた。


 だけどそんな私たちの無力感は、レイ様の突き抜けるような明るい声によって吹き飛んでいった。

 

「つまりこれまでの説明をまとめると、ルミテリス王国は良くなっていく未来しかない、ということだな」


 え?

 そんな話、してた!?


 ラメンテも同じことを思ったのだろう。

 私の青い瞳と、ラメンテの金色の瞳が、ほぼ同時にレイ様の方を見る。

 レイ様は驚いている私たちをみて、不思議そうに首をかしげた。


「なんて顔をしている、二人とも。これ以上悪くならないのなら、あとは上がっていくだけだろ?」

「ま、まあ、そうなんだけど……でもまだ完全な回復までには時間がかかるし、その間、我慢して貰わないといけないことだってたくさんあるんだよ?」

「しかし聖女が現れ、守護獣が力を取り戻した事実は――」


 輝きに満ちた赤い瞳が、私たち、そしてこの場にいる者たちに向けられる。

 

「皆の生きる希望になる」


 生きる希望――


 レイ様はずっと、ルミテリス王国の民たちが生きるために、何かを与えたがっていた。


 始めは、暴君に対する憎しみだった。

 だけどこれからは、希望を――


 どうしたら、こんな考えが出来るのだろう。

 どうしたら、皆が失意に沈む中でも、常に前を向いていられるんだろう。


 レイ様の強さ、思いを知れば知るほど、胸の奥が熱くなる。


 真剣だった彼の瞳が緩んだ。

 

「もちろん、希望だけじゃ腹は膨れないからな。ラメンテ、これから忙しくなるぞ」

「う、うん! 僕は大丈夫! 頑張るよ……この国のために、僕頑張る!」

「ああ。セレスティアルも、よろしく頼む」

「も、もちろんです!」


 私は慌てて頭を下げ、ラメンテの尻尾は揺れた。


 ラメンテ、嬉しそう。

 彼の気持ち、分かるかも知れない。


 私だって嬉しいから。

 レイ様に頼って貰えて、とても……とても嬉しいから。


 今まで何をしても、まだまだ足りないと叱責されたり、どうせ役に立たないと失望され、期待されることなんてなかったから。


 どうせ……という言葉が頭を過る。

 また失望されるかもしれない、という不安が心に小さなシミをつくる。

 だけど今はレイ様の期待に応えたい。

 私を受け入れてくれたこの国のために、ラメンテと一緒に力を尽くしたい。


 心の底から、強く、そう強く思う。


 温かな空気が流れる。

 そんな中、ルヴィスさんが手を上げ、立ち上がった。


「セレスティアル様。先ほども申し上げましたが、我々には聖女に関する知識がございません。ラメンテ様の記憶がなく、また聖女が現れたことがなかったため、記録にも残っていないのです。ですから――」


 グレーの瞳が、私を真っ直ぐ見据える。


「どうか、私たちにクロラヴィア王国の聖女について、ご教示いただけないでしょうか」

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