第3話 モンスター・パニック・サービスと空の火事①


 ───町の光景からわかっていた事だが。


 火の手が上がった空のふもとは、町からは少し離れている。

 そこに至るには、ひとまず深く鬱蒼うっそうとした森を抜けなければならない。

 その森には、牙を剥いた野生が潜み、運のない旅人なら命を落とすことすらある。


 ───が、彼らモンスター・パニック・サービスにとっては取るに足らない散歩道だった。


 彼らは町で起きた一悶着を引きずるかのように、誰も口を開かないまま、静かに森を進んでいた。


「しかし───」


 その沈黙に耐えられなくなった訳ではないが、コマがぽつりと言葉と放った。


「毎度毎度いい加減、かち歩きで現地に行くのもウンザリだぜ」

 肩を落としながら、コマは心底気だるそうに呟いた、歩くのが本気で面倒くさいらしい。


「今回のヤマで『バギー』の修理費用には届くのか?」

「何言ってんの?まだ折り返しにも来ていないわよ」

 コマの質問にフライヤは杖の先端に熱の明かりを灯しタバコに火を点け、さらにわずらわしい表情で返した。


「嘘だろ?アレを直す為に半年も費やしたんだぜ、まだその程度なのかよ?」


 フライヤの回答にコマは驚きの顔を隠そうともせず、彼女に言葉で詰め寄る。


「ちゃんと金勘定できてんのか?だいたいキチンと節制してたらそのタバコだって───」


「うっさいわね!!」


 適当に私見を述べる程度で収めるつもりだったコマの発言は、フライヤの地雷を踏んだらしい。

 気がついた時には既に遅く、コマは額から小さな汗を垂らした。


「ここまでの交通費や現地での聞き込み、宿代!調査費用だってタダって訳じゃないのよ?」


「それは、分かってるが───」


「何をよ?何を分かっているって言うのよ?言ってみなさいよ!」


 コマの浅い共感も虚しく、フライヤの怒号は森中に響く。


「私はねぇ!バギーが直るまでは分け前は抑えましょうって、みんなで決めてから、ギャンブルだって、酒だって、ずっとずっとずぅ~っと我慢してるんだから!タバコくらい良いじゃないのよ!嗜好品ナメんじゃないわよ!」


 女性とは思えない節制論だが、彼女をよく知るコマは反論できずにいる。


「アンタ自身が無味乾燥で出費が殆どない人生だからって調子にノってんじゃないわよ!」

「い、いや別にそんなつもりは………」


 こうなった以上、最早コマに出来る討論の武装は何もなかった。


 あったとしても出すべきではない、ただコマはこれ以上フライヤを刺激しない様、静かに怒りが過ぎ去るのを待つしかないのである。


「大体ねぇ!バギーだってねぇ!アンタが無茶してせいで派手に壊れたんじゃない?」

「そ、そうだっけか?」

「しらばっくれてんじゃないわよ!」

「ガストンのジジイ、修理費用フッかけやがって……」

「話をすりかえてんじゃないわよ!」


 全ての返答を間違え続けるコマは、とうとう彼女から目を逸らすことしかできなかった。


「とにかくねぇ!バギーの修理費用は貯まるまでは貯まらないの!わかる!?」

「わかった!わかった!悪かったって!」


 コマは、自身の落ち度を連呼することで彼女の怒りを鎮火させることにした。


「さっさと稼いで早く次の依頼に行くわよ!」


 フライヤはズンズンと前へ足を運び。

 そして────。


 「足で稼ぐとはよく言ったものだ………」


 今度はサカキが、地雷を踏んだ。


 「………サカキ?」


 ゆっくりと振り返ったフライヤはサカキを鋭い眼光で睨みつけ。


 「シバくわよ?」


 ───その後、再び噴火したフライヤの怒りが収まるまで、たっぷり数十分かかったのだった。



          * * *



「だが姐さん真面目な話、“ああいう奴”を行く先々で助けてるのもどうかと思うぜ?明らかに余計な出費だ」


 一行は再び、森の奥へと足を進めるも、コマはフライヤの怒りに再び油を注ぐ覚悟で私見を述べる。


 「それは───」


 うつむいて切なげな表情へと変わるフライヤ、「よくここまで表情を変えられるもんだ」と内心思うコマは思うだけにしておいた。


「だってしょうがないじゃない!可愛いかったんだから……」

「言い訳になってねぇよ」


コマが呆れた様子でツッコむ中、サカキは別のことを考えていた、先程の失言も悪気はなく、ただ気がそれていただけだった。


(腑に落ちん───)


 サカキが思い返していたのは、町で出会ったあの少女の事であった。


(あの顔、見間違えか?)


 ───どこかで見たことがある。そんな記憶は、彼の長い旅の中では珍しいことでは無かった。

 だがあの少女の顔、それが先ほどから彼の記憶の呵責を揺さぶって仕方がなかった。


「だいぶ近づいてきたわね」


 タバコの煙を深く吸いながら、フライヤが森の木々の割れ目から、空を見上げる。


 そこには町で見た時よりもハッキリと空に開いた穴と、そこから上がる黒煙が見てとれた。


 町で見たときには陶器が割れた様な形状だったが、近くで見ると周囲には硝子にヒビが入った様な細かい亀裂が入っており、より攻撃的に開いたものだと思わせる光景となっていた。


 その光景を見上げていたフライヤの先頭を歩くコマ、すると口論を交わしながらも周囲への警戒を怠っていなかった彼の鼻がピクッと反応する。


「止まれ」


 何かに気づいたコマは、咄嗟に腕を伸ばしてフライヤの行く手を塞いだ───が。

 その手がちょうどフライヤの顔に当たり、彼女の咥えていたタバコを挟んでしまう。


「ジュゥ」と鈍い音がして、コマの手とフライヤの鼻先から、うっすらと煙が上がった。


「「ぬおおおおおおおおおおおお!」」


 唐突な激痛に地面をゴロゴロと転がり、悶える二人に「なにやってるの?」と言いながらサカキは呆れ顔で少女への思考を後にした。


「お、恐らくここが境界だ」


 火傷に苦しみながら立ち上がりながら報告するコマ、同じく鼻先を火傷したフライヤは、今度はコマの頬を焼かんとばかりに顔を近づけ睨みを利かす。


「“匂う”のか?」

「逆だ、この先から匂いがしねえ───大将、何でもいいからあの辺りに何か放ってみろ」


 サカキの問いかけにコマは目前の景色に指を差す。

 コマの指示に疑問を持ちつつもサカキは言われた通りに適当な物を探す、ちょうど近くに手頃な巨岩があったので彼は片手でそれを、ボコォと持ち上げ目前にブウンと放った。


「誰がそこまでデカいのを投げろと………」


 適当ってなんだと思いつつ、巨岩は弾丸の様に恐ろしい速度で突き進み、そして見えない“何か”に触れた途端───。


 一瞬にして消え去ったのだった。


「消えた?」


 先に驚いたのはフライヤだった、サカキは消えた岩に多少の反応は見せるも、同様する素振りは見せなかった。


「───“転送魔法”か」

 

 サカキは目を細めて静かに言葉を放つ。


「ということはあの岩は?」

「今頃どこかの“召喚先”に転送されているだろうよ」

 自身の考察を返すコマの表情も苦く、目前にある何もない森を見つめていた。


「まさか“牧場”の奴らがこれを仕掛けたのか?」

「早計ね」


 考察を深めるコマをフライヤが制止する。


 それと同時に彼女の眼に、小さな魔法陣がかかり片眼鏡の様にかけられた。


 その魔法陣を通して周囲を見渡し始めるフライヤ、しばしの時間、観察を続けた彼女がサカキにその結果を報告する。


「このあたり一帯が転送魔法でできた壁でドーム状に覆われてる」


 フライヤは吸い切ったタバコを指先で摘み、目を細める。


「その壁に触れた瞬間、一瞬で別の場所に転送されてしまう仕組みね」


 そう言った彼女は吸い殻をピンッと弾く───。

 宙を弧を描いて飛んだそれは、岩と同じく地に落ちる前に消えた。


「何も知らない素人が触れたら終わりね………町の人たちが消えた理由、これで説明がつくわ」


「なるほど……」


 サカキの反応は静かな物だった、フライヤは構わずに、空を見上げて続けて言った。


「そしてこの転送魔法の壁に亀裂が入り、中から煙が上がっている、意外とシンプルな原因ね」


 空からゆっくりと視線を下ろし、フライヤの視線は地面に至る。


「それにしても───ずいぶん古い魔法ね、でもかなり高度で精密、ここまで近づいてギリギリ視えるってどんな技術よ、一人で発動できるレベルじゃないわ」


 指で顎を擦りながら、フライヤは周囲の地面を魔法陣の眼鏡で見渡しながら言葉を続ける。


「無人で発動し続けて、限界まで近づいてプロが分析しないと分からないほど希釈で、触れたものは問答無用で消し飛ばす魔法の壁───」


 フライヤは一歩、魔法の気配が濃い地面に近づく。

足元の魔力を探るように、視線を流しながらわずかに眉をひそめた。


「目的は限られているわね」


 観察を終えたのか、魔法陣の眼鏡を消し、フライヤは杖をクルクルと回して、パシッと片方の手のひらに当てた。 


「中で何かを隠しているとしか思えない」


「解除できるか?」


「まぁ待ちなさいな、不用意にこの壁を解除なんかしたら煙の中がお披露目になるわよ?」


 フライヤは、サカキの要望を即座に遮り、住民達への寄り添いを見せる。


「町の人たちに余計な不安を与えてどうするの」


 フライヤは常に依頼主への配慮をもった仕事をする、それが“例えどのような状況であっても”。

 それが今日までこのチームの評判を保ってきた所以でもある。


 その強みを遺憾無く発揮している様を見たサカキとコマは思った───。



 (露わになった脅威を目前で解決すれば、報酬をかさ増しできる気もするが……)


 (品行方正なことで………)


 二人は各々が思ったことを絶対に口にするまいと心中に封印した。


 フライヤは杖を垂直に持ち、地面に突き刺した。

 すると先端の水晶が輝きだし、その光は転送魔法を覆う様広がっていく、その光はやがて周囲の景色を模した壁へと変容し、森全体を包み込む。

 

 それはやがて天に達して、煙をも覆い込み、完全に空の火事が現れる以前の景色を作り出した。 


 その業を目の当たりにしたサカキとコマは、「おぉ〜」と拍手喝采をフライヤに贈った。


「よしなさい照れる!」

 まんざらでもない表情で嬉しがるフライヤ。


「さ~ら~に!今日のフライヤちゃんは張り切って行くわよ」


 鼻歌を交えながら、フライヤはガリガリと杖の末端で地面に魔法陣を描いていく。


 「頑張ってフライヤちゃん」

 「しばくわよ?そこのチンピラ」


 コマの冷めたエールに噛み付くフライヤ。

 そんなやりとりを交わしながらも、地面には大きな魔法陣が完成し、彼女はその中心に立ち尽くした、そして静かに目を閉じて小さく呟く。


「魔法全解除するわよ」


 その一声と同時に、杖の水晶だけではなく、地に描かれた魔法陣も大きな光を放つ。


 その光に呼応するかの様に、目前に仕掛けられた、魔法の壁が薄くなっていくのが見てとれた、徐々にその先に隠された景色が露わになっていく。


 その先を凝視する3人は思わず息を呑んだ。


 ───隠されていた壁の向こうにあった景色。



 そこには巨大な「都市の亡骸」が浮いていた。



「遺跡か…?」


 三人が目前にしたのは、遺跡と呼ぶに相応しい程の古めかしい石造りの建物の群れ。

 一見して滅び去った文明であると分かる程、人の気配を感じさせない“遺跡”そのものだった。


 しばしの間、その光景を見つめていた三人だったが、やがてコマが口を開いた。


「遺跡全体に、火の手が回っている」


 遺跡の各所では、その体感的な歴史の古さとは釣り合わない火事が町を包んでいた。


「都市全体というかその中心部のみが抉れて浮き上がっているみたいね」

「空の火事の原因はコレか」


 フライヤの言う様に、遺跡はその地盤ごと削り取った様に地下の地層ごと浮かび上がっており、地層が剥き出しになっていた。


 そしてサカキが判断した空の火事の原因は、この遺跡の火災から上がった黒煙が、穴の開いた転送魔法の壁から漏れ出したものだったのだ。


「ありえないわ……あれは炎魔法なの?いやでも……まさか───」


 フライヤの疑念は、空の火事から、既に遺跡を包む火の手の起因に移っていた。


 この不可解さは、彼女にしか分りえない、だからこそ今この場での追及は不毛と判断した彼女は周囲の観察へと切り替えることで強引に断ち切った。


 彼女の疑念を余所に、コマが遺跡を見つめたまま言葉を放つ。


「あの遺跡、浮いているってことはやはり──」

「たった一つの共通点で出所が同じと判断するのが早計だって言ってんの」


 コマの憶測をフライヤは雑に切り捨て、視線を遺跡に戻しながら語った。


「確かに“牧場”と同じ浮遊魔法をつかっているけど、魔法の時代も、術式も全く違うわ」


 遺跡を浮かせている魔力の解析は彼女にとってそこまで難しいものでなかった、簡易な情報は、今の彼女にとっては取るに足らない代物である。


「ほんとアンタって疑り深いわね?」

「慎重だと言ってくれ」

 フライヤの嫌味にコマは矜持で返した、すると───。


「ちょっと待て!」


 唐突にサカキが叫ぶ、会話を遮断された二人は何事かと彼の方を向くが、サカキは一点して宙に浮かぶ遺跡を見つめていた。


「フライヤ、さっき『他者魔法全解除』と言ってたな?ならば、魔法で浮いているアレはいったいどうなる?」


 サカキの疑問にフライヤは真顔のままだった。

 しばしの沈黙の後。

 フライヤの口から溢れた言葉は──────。





 

「………………………………………………………あ」






 忘れ物に気づいたかの如く、彼女の口から母音が溢れた。


 その言葉を合図にしたかの様に、遺跡の炎が一瞬にして消え去った。

 刹那の鎮火の後、宙に浮いていた遺跡はゆっくりと傾き始め、静かに落ちていった。


 落下した遺跡の先端部分はやがて地に接着し、そこを起点に遺跡全体へと衝撃を走らせる。


 高音、低音が入り混じりながら各所に亀裂が入り、激しく倒壊を始めた建物は、まるで子供が積み木を薙ぎ倒すかの様に、それはもう見事に、崩壊の限りを尽くしていった。


 その様子を三人は、ただ黙って見守ることしかできなった。


 清々しい程に崩れ去った“元”遺跡で出来た瓦礫の山を見つめている静寂の中、最初に口を開いたのはフライヤだった───。




「テヘ♡」

「テヘじゃねぇわ!」




 自身の頭に拳をコツンと当てて舌を出し、全力で誤魔化しにかかるフライヤに、コマは本日一番の大声で、一刀両断した。


「どうするんだよ!これ」


 両手で頭を抱え、狼狽えるコマ。


「もしここが文化的な遺産だったとして、それがバレたらこの国に損害賠償されかねぇぞ!」


 どの国にも属していない彼らにとって、各国を渡り歩き、滞在するための体裁というのは非常にデリケートな所があった。


 それ故に現地での必要以上での「荒らし行為」といのは、その後の評判や活動に大きく影響を及ぼす、それ故にこの状況に対するコマの反応は至極真っ当なものだった。


「よりにもよってあの“ゴリラ勇者”がナワバリにしている国でこれ以上厄介ごとを増やしたら、ますますこの領土で動きにくくなるぞ?」


「仕方がないじゃない!転送魔法の壁の先で遺跡が浮いてるなんて誰が思うのよ!」


 開き直ったフライヤがコマに対して反論するも、流石のコマも退くことはできなかった。


ギャー!ギャー!ギャー!と口論を交わし、騒ぎ慌てふためく二人を他所に、サカキは顎に手を当て、崩壊した遺跡の残骸を見つめた後、二人に呼びかける。




「───なぁ?」


「「アアン!?」」




 冷静さを失っている二人が、苛立ちに身を任せて睨み叫ぶが、サカキは至って冷静に二人に問いかけた。




「───遺跡って浮いてたか?」



「「浮いてなかった」」




 サカキの質問は提案であり、その提案を承諾した二人は口を揃えて即答した。


「そうよ!転送魔法の術が解けたら、そこには既に瓦礫の山があった!煙はそこから上がっていた粉塵だったのよ!」


「遺跡崩壊の目撃者は姐さんのカモフラージュ魔法で一人もいねぇ」


「いけるな、完璧なアリバイだ」


 今までの口論が嘘の様に、三人の意見は高速で纏まっていく、あとは口裏を合わせて町に報告すれば問題はない。


 確信を持ってこの弁明に自信を持った三人は思わずハイタッチした。


「だけど今回の原因って生物なんだよね?もしあの遺跡の中にいたとしたら、衝撃に巻き込まれて死んでるかもしれないよ?」


「確かに、早急に調べる必要が─────うん?」


 唐突な第四者の意見の介入にサカキは思わず言葉を止める、それに反応したフライヤとコマと共に三人はゆっくりと後ろを振り返ると、そこには───。



「やぁ!」



 町に置いて行った筈の少女、アンジュが笑顔で立っていた。


「「「うおおおおおおおおおお!?」」」


 意表を突かれたアンジュの登場に三人は揃って驚愕する。


「テメェなぜここに!?」


「来ちゃった♡」


 アンジュに詰め寄るコマに舌を出して媚びた表情をするアンジュ。


「まさか…付いてきてたのか?」

「うん!」


 さして悪びれる様子もなくアンジュは答える。


「まさか、全く気が付かなかったわ………」


 “尾行する”その気になれば素人でも、それなりに実行は可能であるが、フライヤの驚きはやや大袈裟にも感じた。


「アンタ達、ずーっと仲良く騒ぎながら歩いてんだもん!楽勝だった!」

「そういう問題じゃねぇんだよ」


 飄々と答えるアンジュに、コマが鋭い瞳と苛立ちを表した口調でアンジュに更に詰め寄った。


「俺の鼻や大将の意識を出し抜いたってのか?てめえ一体───」


 拷問しかねない剣幕のコマの問いかけにアンジュは「むー!」っとむくれてコマに顔を近づけた。


「それはさっき言ったじゃん!ワタシはただの旅のホームレスだって」


「言ってねえよ!なんだよ旅のホームレスって!テメェが町の人間じゃねぇなら、俺らのヤマを狙った密猟者じゃないって言い切れんのか?」


「証拠は何もないけど………」


 コマの尋問に対して示すものがないアンジュは指をいじくりながらうつ向くも、やがて顔を上げ、代わりに自分の意思を示した。


「ワタシは本気でアンタ達を手伝いたいんだってば!」


 町では見なかった彼女の本気の表情、だがコマは彼女の意見を受け入れる様子は微塵もなく、寧ろ苛立ちを募らせた。


「的を射ねえ回答をペラペラと……こうなったら本当に切り刻んで──」

「やめろコマ」


 コマをとがめ、ため息をついた後、サカキはアンジュを見下ろした。


「君、名前は?」

「………………………アンジュ」


「アンジュ、恩義だけでここまで着いてくるには律儀が過ぎるな」


「我々に近づいたのは、恩を返したい思いを超える意図があるんだろう?」


「そ、それは──」


 静かに問いただしたサカキにアンジュは動揺し慌てて目を逸らす。


(信用はしていないということか)


 アンジュの反応にサカキは質問から相談へと会話の舵をとる。


「ここまで付いてくるなら少なくとも本気だという事は信じよう、最後まで聞くと約束するから話してみるといい」


 サカキは可能な限り、柔らかい物腰をもってアンジュに語りかけた、その姿勢を汲み取ったのかアンジュは自身の慎重さを失わずに言葉を発した。


「ワタシは───」


 アンジュは駆け引きをするかの様に、緊張した趣のまま話す。


「ワタシは火にまつわる事件を追っている」

「火?」

 アンジュの言葉に、真っ先にフライヤが反応する。


「そう、正確に言うと『火の性質を持った生物』が起こした事件」


 サカキ達の反応を観察する様にアンジュは言葉を選び続ける。


「ワタシはその生き物を探しているんだ、町でアンタ達が“生物が起こした事件の専門家”だって噂を聞いた時、こんなチャンスは滅多にないと思った」


 自分の記憶を辿って話していく内に、アンジュの目には先ほどの力が戻っていく。


「まぁ話しかける前に、ちょっと死にかけて、トラブルもあったけどね」


 指で頬を掻き、生死に関わる事に照れた様子になる妙な感情を見せるも、アンジュは深呼吸して、サカキ達をまっすぐ見つめた。


「なぁアンタ達って生物専門の何でも屋なんだろ?世界中の生物を相手にしてきたハズだ」


 言葉の勢いに身を委ね、アンジュは続けた。


「───知らないか?炎を全身に纏った山のようにデカい火の鳥を」


「なっ!」


 アンジュの問いにサカキの表情が強張る。


「なぜ──」

「知ってるのか!?」


 サカキの反応を見逃すわけもなく、そして手がかりと思える言葉の走り出しにアンジュは食い気味で問いるめる。


 その目はやっと芽生えた希望を逃すまいと強い光を宿して煌めいていた、その目に対しサカキは答える。


「はわう!違う!いやあ!まぁ!別にい!」


 実にわかりやすい反応で両手で顔を隠し、サカキは誤魔化した。


「ごめんねぇ!仕事上どんな生物のことにも過剰に反応するのよこのデカブツは~!」


 割って入る様に杖でサカキを殴り飛ばし、フライヤが笑顔で代弁した。


「そんな御伽噺おとぎばなしみたいなバケモン、仮に俺らが知ってたとしてお前に教える義理があんのか?コラ」


 更にフライヤの前に立ち、アンジュの顔に触れかねない距離でコマがガンを飛ばす。


「むーーーー」


 コマの威嚇に全く動じることもなく、アンジュは明らかに誤魔化された三人の態度に不貞腐れる。


 見かねたフライヤはアンジュに気づかれない様に話題を変えようと試みる。


 「とにかく町でも話したケド、ここから先は本当に危ないかもしれないの、貴方を邪険にするつもりではなくて、もし戦闘にでもなったら貴方の身を守れる保証はないわ」


「そういうことだ、その鳥の事は知らないし、本当に知らないし、知らぬのだ!」

「下手か!」


 サカキの狼狽うろたえからくる見苦しい言い訳にフライヤが吠えた。 


「と、とにかく、我らの知見に興味があるのならこの仕事が終わってからでもよかろう、かと言ってフライヤの目隠し魔法を解除するわけにもいかない、今はおとなしくこの辺りの安全な場所で隠れてるんだ」


 冷静さを取り戻した、サカキが自身の発言力を取り戻そうと必死にアンジュに説得するもアンジュはじーっとサカキを見つめる。


「ふーーーーん」


 アンジュの口元はニヤリとイタズラっ子の様にニヤけた。


「いいのかなぁ~?」


「たしかこの国での厄介ごとは困るとかなんとかって言ってたよね?」

「う……!」


 アンジュは町から付いて来たのであれば、魔法解除から遺跡崩落までの一部始終を見られていたという事である、それを表す一言にサカキは見事に動揺を取り戻した。


 「言っちゃうぞ?町の人たちに………バラしちゃうぞ?世間に!みんながあの遺跡を落としちゃった事をね!」


「ぐぬ!」


「あらやだ!このコ!強請ゆする気よ?ますます気に入ったわぁ~」


 アンジュの脅しにたじろくサカキと体をくねらせて高揚するフライヤ、そんな彼らにニヤついていたアンジュは、やがて真面目な表情に戻り、再び真っ直ぐにサカキを見つめ直した。


「なぁ?別にアンタ達の邪魔をしようってワケじゃないんだ、見学でいいから連れてってくれよ!自分の身は自分でなんとかできるし!それに───」


 アンジュは自身の倍の身長はあろうサカキに歩み寄り、彼の顔に近づけようと背伸びをし───。



 「ワタシってかなり“頑丈”なんだ」



 ニヒヒヒと無邪気に笑った。



 もはや完全にアンジュのペースに飲まれた三人は、三者三様を見合ってしまった。


「どうする?サカキ」

「なぁさっさと行こうぜ?手前で勝手に死ぬなら、構う必要はねぇだろ」


 意見の行き場を失ったフライヤがサカキに問う、その回答を待たずしてコマは遺跡に向かって歩き出した。


「アンジュ……」


 サカキはため息混じりでアンジュに向かい───。


「離れるんじゃないぞ?」


 同行を許可した。


「やった!」


 アンジュは喜びの余り、両手でガッツポーズを取り飛び跳ねた。


 歓喜に酔いしれてるアンジュは目に周囲の植物映る、するとその違和感に気がついた。


 (枯れかけてる…?)


 周囲全てではないが、一部の植物がしなびれ遺跡に向かう様に横たわっていた。


 その様子が気になったアンジュだが、先に遺跡の残骸に向かうサカキ達に目をやり───。


 「まっいっか!」


 とりあえずは気にしないのであった。



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