第3話 悪役令嬢を演じたいのに3

「何かあの夫婦しんどいっ!

 というかファッキン甘くて、狂ってて、しんどいっ!!」


 ようやく部屋に一人。

 床に突っ伏して、頭抱えて叫んだ。


 甘やかされるのは――まあ、良い。

 だが、あの言葉の端々はしばしににじみ出る、王家への異様な憎悪ファッキン

 これじゃ、あたしが王子の婚約者になって悪役ムーブかますどころじゃねぇ!!


 よろしくドリルツインテールにしようとしたときも。


「ぱ、パレスちゃんにその髪型はダメなのよぉぉお!

 パレスちゃんは『ゆるふわポワポワフリル』なのぉぉお!」


 って、泣きながら阻止された。

 ……いや、ゆるふわポワポワフリルって何だよ? 怖ぇよ!!


 この夫婦、言葉選びが本格的にヤバい。


 しかも、最終的には

『おのれ王家め!』

 とか叫んでるし。

 王家、とばっちりすぎだろ。


「……まあ、いいや。とりあえず今日は寝る。」


 明日からは、あの暴走親バカどもをかいくぐって、

 悪役ムーブ起こす作戦を考えないとな!


 ――そう、そのときは、まだ忘れていた。

 あたしが、かつての世界でも、

 そんな長期戦略とか立てられるタイプじゃなく、寝つきの良い健康優良児だった事を。


「……すやすや」

 こうしてあたしの日常は過ぎていく。


 ◆ ◆ ◆


「パーティ?」


 夕飯時、夫婦の会話が耳に飛び込んだ。


 パーティって、あれだろ?

 ゲームあるあるな、王子同年代の子たちを集めての顔合わせ――

 つまり、お友達作りのお茶会パターン!


 成る程。

 ここでパレスはランスロット王子に一目惚れをする訳だ。

 そして「あてくし、あのおうじと、ケコンしますわ、おほほほ」

 的な流れから、婚約者を目指す。


 そしてカーサ母が鬼のようなスパルタ教育を開始……。


 そして、いよいよ『風のリグレット~君想う故に我有り~』本編が始まるってワケだな!


 よっしゃ、ばっちこい!


「何秒?」


「五秒だけ参加することにした。」


「……ごびょう」


 パーティRTA参加とか、初めて聞いたぞ?


 自己紹介すら終わらねぇよ!!

 仕方ねえ……また、あれをやるしかないか……。


 あたしは可愛いく首をかしげ、

 おねだりモード全開で親父を見上げた。


「ぱ、ぱぱァ~。ぱーてぃって、なぁにー?」


 何だろう、このあたしの全身をめぐる、鬱色うついろの風。


「ん? 何だい、私の可愛い美しい、きゃっきゃウフフマイパレス?」


 そんなパレス知らねえ。

 しかも二枚目顔で、狂ったセリフぶっこむな。


「ぱ、ぱーてぃーって、なにするのぉー?」


 どうよ? この首の角度。

 さっさと答えろよ、おやじよぉ!

 首、いてえんだよ!


 このままだと、抱っこせがまないとダメになるじゃねぇかよ!

 いいのか? あたしが抱っこを要求してもいいんだな!?


 ――おねがいです、はやく答えろ下さい。


「パレスちゃん、パーティってのはね――」


 おっと、母ちゃんが助け舟を出してきた。

 よし、甘えまくって、参加ごり押ししてやる!


 と思った瞬間。


「ゴミみたいな目で、家柄いえがらとか後継あとつぎとか考えて、

 自分の、きゃわわな子供への、婚約者きせいちゅうを探す狂った儀式ぎしきよぉー。

 パレスちゃんには、そんな狂った、バチクソ馬鹿垂ばかたれモンキーの餌食えじきになんてさせませんから、安心してね。」


 ……一瞬で沈む舟で、助けに来るなや。

 そもそも出航時点で、炎上してるわ。


 ていうか、子供にそんな説明すんな。

 別の意味で虐待案件ぎゃくたいあんけんだろ!!


 それでもめげずに、あたしは大きなピンクリボンをぎゅっと持って、

 顔を隠しながら、チラリと両親を見上げた。


「こんやくしゃ……ぱれすもこんやく、したいからぱーてぃいく。」


 夜な夜な練習した"あざと可愛い仕草"、炸裂さくれつだ。

 ……ああ、ファッキン鬱ぅ!!


「か、カーサよ、三秒にしよう。」


「……二秒ですわ!」


 秒単位で刻むな、コンニャロウ!!


 ◆ ◆ ◆


 ――とはいえ。

 やった、パーティに行けることは確定だ!


 たった二秒だろうが、悪役令嬢ムーブの第一歩に変わりはない!

 よし、やったる。悪役ヒールに徹してやる。あたしの悪役魂、見せてやるっ!!


 ……とか意気込んでたら、カーサ母が、パチンと手を打った。


「ではパレスちゃん、当日はこの、特注の、ふわふわピンキーアメちゃんフリルドレスを着て頂きますわねっ!」


 そう叫びながら、召喚したのは――


 バッサァァ!

 ピンクのモフモフモンスターだった。


「ぢごく」


 ……え、これ着ろって?

 パレスのあの鋭い吊り目が、こんな甘ったるいピンク毒まんじゅうに包まれるの?


 しかも裾に、キラキラの『イチゴ』の刺繍が入ってるし。

 ……アホか!


「え、えええ……」

 思わず後ずさったあたしに、追い打ちをかける父。


「安心してパレス、パパが特別に選んだんだ。

 きゃわわイチゴパレスドレスだよ。ほら、ほっぺぷにぷにしてみ?」


 何だこの喋れば喋る程、残念な二枚目は。

 というか、イチゴはあかん。

 しかも、イチゴに目がついて、キッチュ(ダサい)な雰囲気が爆盛ばくもり

 更にその絵の横に吹き出しのコマがあって、中には。


『イチゴのパレスです♪ 

 王家の血筋、四親等まで見たら殺す』とか……おやじよぉ。


 それに、ぷにぷにって何だぷにぷにって!!

 悪役令嬢に、ぷにぷには要らねぇんだよぉぉ!!


 だが、ここで引き下がる訳にはいかない。

 たとえモフモフピンクで身を固めようと、あたしの中身は鉄の悪役魂だ!


「……いく、きてやる。でないとはなしがすすまない」


 小声で宣誓すると、母と父は両方とも

「天使ぃぃぃぃぃ!」

 と叫びながら爆発四散しそうな勢いで抱きしめてきた。


「ぐへっ……け、けっしてまけない……!」


 あたしは小さくガッツポーズを作った。

 その拳は、モフモフピンクに埋もれて、誰にも見えなかったけどな!


 こうして、あたしは地獄のパーティに向けて――


 否!

 推しカプ成立&悪役ムーブ大作戦へと、ひっそりと、燃え上がっていたのだった。

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