現実主義すぎた主人公の物語、スローライフの中で世界にやんわり拒絶される件

@Ziruminisaokai

第1話、これはそんな話じゃない


『すごい!あなたって本当にすごい方なんですね!』

『きっと有名人でしょう!』

『うわぁ、魔法も得意なんですね!』

『すきすきすき!結婚してください、イケメン様』

『きゃー!英雄様のお出ましだ!』

『かっこいいお兄さん、弟子にしてください!』

『すみません、私、ちょっと欲張りで……二番目でも、八番目でもいいから、お嫁さんにしてください、だめですかぁ〜?』



「たぶん……そんなことは、起こらない、かもしれない。

いや——違うな、そういうのはとりあえず、第一印象の参考程度にとどめておこう」



 まず気がつけば、俺はすでに違う場所にいた。

 どう考えても、中世くらいのプリミティブな世界。少なくとも、そういう既視感はあった。

 こんな状況に放り込まれたら、誰だって即座に「うわ、これ異世界だなぁ」ってシンクロするだろう。

 記憶喪失になってから、もう二時間くらい経った。

 つまり、脳みそがようやく正常に働きだしたのは、ここ最近ってわけだ。

 最初に正気に戻って、足を踏み出したときのことは今でもよく覚えている。

 まるで、わざと置き去りにされたかのような、茫然とした感覚。

 目の前に広がるのは、鬱蒼と生い茂る草年季の入った巨木たち。

 見事に整列して天高くそびえ立っていて、厚い葉の向こうから漏れる光すら、ろくに届かない。


「えっ、中世とか言ってるけど、ただの森の中じゃないの?」


 簡単だ、理由はある。

 ……さっき、森の端っこをうろついている集団を見かけたんだ。

 彼らは、俺とはまったく違う格好をしていた。

 たとえ『あんた常識人?』って尋ねたとしても、あれはどう見ても原始的なヨーロッパ風コスチュームだった。

 剣、斧、槍、杖——体に馴染みすぎてて、もはやアクセサリーみたいなもんだろうけど、きっとあれは実戦用だ。


 最初は、まぁ、コスプレ大会かなって思った。

 でもな、意識がはっきりしてきたら、わかった。

 ここはマジモンの中世世界だ、いや、正確にはファンタジー世界だ。

 ゴブリンとかスライムとか、そういうモンスターもバリバリ存在している。

 彼らはそれらと戦っていた。


 だから、ビビリ精神全開で、そっと距離を取るのが賢明だと判断した。

 彼らが善人か悪人かなんて知らないし、言葉が通じるかどうかすら怪しい。

 日本語が通じなかったら、はい終わり、ってやつだ。


「つまり……この話は、転生者の話ってことか?」


 あぁ、そんな感じだ。うん、正確に言えば、そうだと思う。

 つまり、俺には「レアな体験」があるってわけで、それをこうして覚えているくらいだ。

 その体験ってのは———俺は、一度死んだことがある。


 とはいえ、前世の話をベラベラ喋るのは俺の流儀じゃない。

 いや、正確に言うと、それはプライバシーの問題だ。

 こんな開幕で、わざわざ公開するようなことでもない。

 どうせなら、恥ずかしい過去——普通の人生、毎日不運続きだった庶民生活なんて、誰にも晒したくないもんだ。


 ただ———言だけならいいだろう。

 「お疲れ様、久瀬ナオヤ。そっちでも安らかに過ごしてくれ」

 そんな風に、前の世界で不運に潰れた自分へ、小さな葬式みたいな感謝を捧げるだけだ。

 まあ、それが意味あるのかどうかは知らないけど。


 問題は今もこの身体がそのままってことだ。

 中身も、浅い頭も、イマイチな顔も、全部一緒。

 ついでに言えば、記憶もそのままだ。

 たまに妙に賢い瞬間があるのが、唯一の自慢ってところか。

 一応、それも防衛本能の一種だと思えば、まぁいいだろう。


 基本的には、よくある伝承パターンをなぞってみた。

 「異世界に飛ばされたら、とりあえずスキルテストしとけ」ってやつだ。

 つまり、ありえないことができるかどうか試してみるって話。

 一番わかりやすいのは、魔法だな。

 魔法……。やったよ、俺も。例えばこうやって、

「———ファイアボール!ぷはぷは!」


 なんて叫びながら、枯れ木に向かって手を突き出してみた。

 結果?何も起きなかった。

 見事なまでの、無反応。

 まあこういうのは分かりやすい。

 俺はチートでもなければ、魔法使いでもない。

 俺は——……ただ、運悪く流れ着いただけの哀れな男だ、それだけ。

 シンプルに終了だ。


 だから、考えた。

 こうなったら、この世界で新しい生活を始めるしかない。理想の主人公像?夢みたいな初期設定?

 そんなもの、最初から俺にはなかったんだ。


 だからこそ、俺は「たまに賢い、たまにアホ」な、この中途半端な頭を武器にするしかない。

 このプリミティブな世界で、前世の経験と理屈を総動員して、生きていくしかないんだ。


「あぁ、そういえば、可能性ってやつを見つけたっぽいな……」


 ちょっと気になって、覗いてみることにした。

 ここ——夜の闇に包まれた崖の上から、遠くに見える町がある。

 巨大な円形の都市で、分厚い城壁に囲まれている。

 距離にして、そうだな……五キロくらいか?そんなに遠くはない。


 しゃがみこんで、もう少し詳しく観察してみる。

 思い浮かぶのは、異世界モノにありがちな展開。


—異邦人が現れたら、まずやることは金稼ぎ。

—金稼ぎと言えば、冒険者。

—冒険者なら、ギルドに登録する。


 そんなセオリーだろう?

 どこの街にも、必ずと言っていいほどギルドはある。

 俺みたいな、金もコネもない貧乏人には、うってつけの救済ルートだ。

 効率も悪くないしな。スタンダードだけど、間違ってない。


「よし……他に選択肢もないしな……」


 そう呟いて、俺は慎重に崖を降り始めた。

 巨大な木の根っこをつかみながら、ずりずりと滑り下りていく。

 何せ、死にたくはないからな。

 一歩一歩、注意深く行動するに越したことはない。

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