第十八節 今後のこと ①

 ――あ。


「あっ……」

「あ」


 反射的に顔を上げる。そしたら、ランドと目が合って


 ――その瞬間、時間が止まったような気がした。


 なぜだかわたしは動揺し、ランドから目を逸らせなくなった。


 森の中でのあの時と同じで――


 焦っている。話しかけたタイミングがぴったり合った恥ずかしさ? やらなんやらで?


 分からない。わからない、けれど――


「……ぅ、ぁ」

「偶然だな……」


 まだ、お互いに顔を見合わせたままだ。


 わたしは、意味もなく前髪を直す。


 ランドは、驚いた顔をしたのも束の間、すぐにいつもの――どこかけだるそうな――表情に戻った。


 それで、わたしだけが焦ったまま。


 ……何か言わないと。


「うん? ……なんだっけ、ぐうぜん?」

「偶然だな」


「あっ、うん……それで……? ランドから、言って?」


「いや……なんかな」


「は? 言い出したんだから言って!」わたしはテンションがおかしくなっている。


「はあ……おそらく、何かいるかもな」


 わたしは、前髪の髪飾りをさわっている。


「へ、へぇー……。ん……?」


 横を歩くランドは、苦笑したあと、顔を前へ向けた。


「……とりあえず、あの崖の上までいくか……?」


 そう言ったランドは、わたしをちらっと見て、


「……リオナは、なんでそんなことになってるんだ?」


「し、しらないよッ!」

 

 わたしは風の魔力で、ランドは魔力坐で崖の上まであがった。



 *



「黒い森の名残に入る前も、こうして崖の上から見下ろしてたんだよねえ」


 わたしは崖の上に立って、眼下の草原を見下ろしている。まるで草原が真っ二つに切られて、片側だけがずれて盛り上がったようなこの崖は、左右の地平線の方まで途切れることなく続いている。


「そうか。……なあ、また休憩する気か?」と、ランドは言った。


 落ち着いたわたしは、気丈に振舞うことにした。背筋もぴんと伸ばしたりして。


「だって、聞きたいことがあるんでしょ? それに、何か、いるって」


「……ああ。森で言ってただろ、神って」


 ランドはわたしからすこし離れた位置に立って、下の草原を眺めている。


「ちらっと言ったことを、よく覚えてるねえ……」


 わたしは神について考える。けれど、何も伝えられることはない。


 ――ランドって、ほんとこういう話好きだよねえ……。


「でも、神のことはね、誰にも分からないよ。いるのか、いないのかすらも」と、静かに言った。「でも、ランドは本当に神がいて、世界を維持してるって考えたんだ?」


 わたしは、ランドが話したことを振り返る。


「……争いを望むってことは、悪いことだよね」と、わたしは言った。


 ランドは、考えるように視線を落として、


「……だから、これまで聞いた話と何かが食い違う。それに、争いを望んだ結果、終わらなくなっている。もし、それを維持している何かがあるとして、それは善悪の問題ではないのかもな」


 ――戦いが続くことが前提になっているからってこと……?


 わたしが考える暇もなく、ランドは話を続ける。


「……一番解せないのはな、なぜ実在するかも分からない存在が、世界を司る象徴とされているんだ?」


「うーん? もともと知識としてある……から?」


 わたしが答えたあと、ランドは少しのあいだ沈黙した。そして、口を開く。


「確かに、在ったんじゃないのか。それを誰もが忘れ去った」


「……え?」


「言い方を変えると、忘れてしまう。


 いや、仕組みとして、存在が記憶から薄れていく。


 その、わけのわからない働きがあることを、おれは目の当たりにした」


 沈黙。


 ……もう、理解が追いついてない。


 でも、これはわたしが作り出した沈黙。言葉を探さないと。


「……それじゃあ、わたしたちみんなバカみたいじゃん」


 ぽつりと、そう言った。


「ここは、神の世界なんじゃないか」


 ランドがまた意味ありげなことを言い出した。


 わたしは、「どういうこと?」と、聞いた。


 ランドは、視線を落としたまま、なにも答えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る