灯籠流し

レネ

 🪻

 ちょっとした病気で手術をして随分苦しんだその翌年の夏、まだ5歳の息子を連れて、伊豆のS町に海水浴に行った。

 手術の痕がまだ痛んだが、痛みを押して東京から車を走らせた。

 暑い夏で、我が家のぼろ車ではエアコンもろくに効かない。妻と、息子と私、3人とも水分補給を怠らないようにしながら、何とかS町にやってきた。

 本当に暑い夏だった。


 ホテルに着いて一服すると、息子がプールで泳ぎたがった。中庭に、こじんまりとしたプールがあったのだ。

 運転で疲れていたし、下腹部の手術の痕が痛んだが、子供はそんなことはお構いなしだった。

 私は仕方なく水着に着替えると、息子をプールで遊ばせてやった。

 妻は私を心配しながらも、喜んで側で私たちを見ていた。子供は無邪気に喜んでいる。妻と、明日は浜へ行こう、そう話した。

 と、突然夕立が来た。私たちは室内に入って体を拭くと、妻から着替えを受け取り、そのまま大浴場へ向かった。

といっても、ゆっくり湯に浸かる暇はない。

 息子が風呂から出たがるので、彼の体や頭を洗ってやり、息子が待ってる間に自分はさっと簡単に洗う。

 その後少しだけ湯に浸かると、もう息子に合わせて出なければならなかった。まあ、温泉といってもこんなものだ。


 しかし夕食のビールは美味かった。地の魚に、刺身の盛り合わせなど、普段口にしない酒の肴でビールが一層すすむ。

 そして子供はお子様メニューを平らげ、妻にあやされて早々に寝てしまう。私はといえば、いつまでもちびちびと日本酒を飲み、いつしか酔って寝てしまう。妻も少し酒が入り、気持ちよさそうだった。


 翌日、朝食を済ませ、ゆっくりして、それから近くの砂浜に行った。

 しかし海辺はあまりにも日差しが強すぎて、とてもじっといられたものではなかった。私たちは、うどん屋に入り、冷たいうどんで早めの昼食を済ませ、早々にホテルに戻って来てしまった。

 あとは、プールで子供を遊ばせるくらいしかできることがなかった。

 浜辺の陽光はなぜあんなに強いのだろう。考えてみると、不思議な気がした。人口密度が高いのと、白い砂が熱を反射するせいもあるのかもしれない。

 そんなふうに2日目を過ごしたが、夕刻、近くの川で灯籠流しをやるというので3人で見に行った。

 夕暮れの、日本家屋や和風旅館を背景にして、何百という明かりのついた灯籠が流れていく様は、ある意味壮観だった。情緒があり、私は好ましく感じた。

 下腹部の痛みも、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 川に映る、流れる灯籠の灯は幻想的で美しかった。


 ひとしきり見物した後、3人で砂浜を歩いた。

子供は無邪気に砂を踏む感触を楽しんでいたが、私たちも澄んだ風に吹かれて気持ちよかった。

 妻は手術の時に、手術室の前で随分私を心配したと話した。

 潮騒がその妻の言葉を潤ったものにした。

 全然知らなかった女が妻となり、ここにいて、その結果子供がここにいる。

 私は妻と並んで歩きながら、自分が今ここにいることを、不思議なことと感じずにはいられないのだった。

           (了)

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灯籠流し レネ @asamurakamei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ