第3話 統合執政官のお仕事

 仮設都市D-12区画。

 空の色は鈍く濁り、埃と鉄の匂いが混じる。

 怒号と悲鳴が入り混じる市場の一角に、不穏な気配が立ちのぼっていた。


「ヒャッハーッ!!」


 獣じみた奇声が響く。


「確認した。

 無法者による略奪行為が発生中。

 暴徒数──六名。

 軽装備、鉄パイプ、バールのようなもの、ナイフなどを所持。」


 停止と同時に降車し、冷徹な声で状況を読み上げる。

 助手席で様子を見ていたリリが顔をこわばらせた。


「そんな……こんなのって……」


 アークは短く頷いた。


「警察機構の再建は未完了。現時点では、我々、統合執政官が当該任務を代行する。」


「統合執政官?」


「統合執政官とは、社会復興、行政支援、司法調整、市民支援──四分野に即時介入し、現場で秩序を回復させる役割だ。」


「……じゃあ、わたしたちが……止めるんだね…」


 リリの声には微かな震えがあった。

 アークは構わずドアを開け、現場へと歩み出す。


 市場の中心、無法者たちが一軒の店を荒らしていた。

 トゲ付き肩パットや改造ジャケットに身を包んだ暴徒が、商品棚を蹴り倒し、通行人を威圧する。


「よこせジジイ!今日の税金だ!」


「や、やめてくれ……! それを持っていかれたら、生活が……!」


 老人の商人が懇願の声をあげるが、凶漢は構わず殴り倒す。

 悲鳴が上がり、棚が倒れ、果物や衣類が地面に散らばった。

 周囲の市民たちは遠巻きに見ることしかできず、空気は完全に支配されていた。


「なに見てんだコラァ!」


 ナイフを持ったモヒカン頭が、拾った瓶を投げつける。

 それは近くにいた親子のすぐ脇をかすめ、背後のテントの支柱に当って砕け散った。

 恐怖に怯え、子どもが大声を上げて泣き出した。


 その瞬間。


「統合執政官、アーク・ライト。市民暴力及び財産侵害行為により、この場における臨時制圧権を発動する。」


 無表情のままアークが宣言し、つかつかと無法者たちへ歩み寄る。

 その背を見て、リリが思わず声を上げる。


「お、お兄ちゃん!?危ないよ……!!」


 だが、アークは立ち止まらない。


「オイ……何だこいつ……?」


「さっきから生意気にガン飛ばしてやがんな。」


 リーダー格らしき巨漢が、鉄パイプを肩に担ぎ、ギラギラした目で睨みつける。


「このゴドー様に逆らうってのか……? てめえ、正気かよ。」


 無反応のままアークが距離を詰める。


「警告──武装解除および即時退去を求む。従わぬ場合、法令に基づく制圧を実施する。」


「ふざけんなぁ!!」


 怒号と共に、手下の一人がバールのようなものを振り下ろした。


 次の瞬間──


 アークの身体が一閃。

 男の腕をいなし、膝を極め、ねじる。骨が鳴る音。悲鳴。


 続けざまに襲いかかった二人目には、足払いからの掌底一撃。

 三人目のナイフは、腕を巻き取り関節を外して地面に転がす。


 それはまるで、全ての動きの流れを知っているかのような無駄のない制圧だった。

 一人、また一人と沈められていく子分達を見て、ゴドーは顔を引きつらせた。


「てめぇ一人で全部やれると思ってんのか、ああ!? 舐めんじゃねえぞッ!!」


 ゴドーが怒りに任せて咆哮し、鉄パイプを振り回す。

 周囲の屋台をなぎ倒し、商品が宙に舞う。市民たちが悲鳴を上げて後退する。


「最終通告。敵対行動を継続する場合、排除処理を開始する。」


 アークが静かに言い残し、一歩、前に踏み出す。

 鉄パイプが振り下ろされる寸前──


 アークはそれを逆手で受け止め、軸をずらし、肘を撃ち込み、顎に一撃を叩き込む。

 次の瞬間、ゴドーの巨体が地面に崩れ落ちた。


 市場は静まり返る。

 アークは倒れた男を確認し、リストパネルに記録を送信する。


「暴力行為および違法武器使用──六名制圧完了。現場報告、送信済み。区域制圧終了。」


 リリは言葉を失い、口を開けたままその光景を見ていた。

 市民たちも茫然とし、誰一人として声を発せなかった。

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