第33話
【角田eyes】
虎徹が怒った後、急に黙り込んだ。
見た目は少し怖い感じの虎徹だけど、本当はとても優しくて思慮深い質なんだ。
今だってかっちゃんを本気で心配してる。
出会った頃の虎徹はそれは酷い有様だった。
Braverのほとんどは“神の悪意”に嬲られたせいで、意識を正常に保って保護される事は無いに等しい。目の前で自分の生きてきた世界では起こり得なかった惨劇が起こることが多いからね。
そういう意味では精神的に安定している西尾や明石はかなり強靱な精神力の持ち主といって差し支えないと思う。
ああ、西尾に関しては狂ったかっちゃんを抱えて保護されたそうだから精神力も何も無我夢中で生き抜くしかなかったのかもしれないし、かっちゃんの能力で"神の悪意"に遭遇した時の記憶を喪失したのが幸いしたのかもしれないけど。
聞いただけで吐き気をもよおすような状況だから西尾の精神力というよりもかっちゃんの精神力の方を賞賛すべきかもしれない。
明石の方は保護されたというか、こちらから接触して状況を伝えたんだけど今と同じマイペースっていうか、そういうもんかと呑んでしまった感じだね。考えるのを放棄したって表現の方が良いかもね。
友達が死んで平静を装うっていうのもね、強いけど哀しいことだと思う。
虎徹は違った。
目の前で起きた陰惨な光景を受け入れられず、保護した後何日もフラッシュバックに苦しんで断続的に悲鳴を上げ続けた。
虎徹は学生闘争に巻き込まれてBraverになった。
自分に向かってきた狂気を、偶然その場に居合わせた弟が運悪く肩代わりしてしまった。
目の前にひしゃげた肉親の死が横たわっていて、その血で全身を染めて体中にその臓物がこびりつくなんて精神を病んで当然だ。
俺が助けに入った時には地面にへたり込んだ虎徹の肩からは腸がぶら下がってて流石の俺も困惑したしね。西尾は血塗れの虎徹を見て咄嗟に治癒をしようとして、無傷だって呟いて顔を真っ青にしてたっけ。あまりの姿に固まった俺達の代わりに、通常運転のかっちゃんが対応してくれた。
いやぁ、あの時は近年稀に見る惨状だったなぁ。
道路一面血の海で。重機がその場に集まっていた人間を手当たり次第に潰して回ったんだから当然そうなるというか、まぁ報告書を書きながらそうなんだけどねぇって変な心持になったものだ。
それをまるっと無かったことに出来るWODSって怖い組織だよね。
あんな現場だったから、それこそかっちゃんクラスの超特大の心的外傷を追って当然。寧ろ心を壊してしまったかっちゃんの方が人間として真っ当な反応だったと思う。今はユーレイ化したせいか客観的に思えるらしくて飄々としてるけれど。
惨劇の記憶が魂にべったりと張り付いている二人は、その経緯からBraverや"神の悪意"の関係者にとても優しい。
俺は目の前で恐怖の記憶に怯える虎徹を助けたかった。
ただそれだけ。
俺に何ができるかも判らなかったけど、黙っているだけじゃ何も変わらないから話し掛ける事から始めた。
Braverになったい以上は現場にも連れて行ったけど、本当はあんまり連れて行きたくなかった。
変な刺激をしたくなかったし。
でも、かっちゃんが現場に行かせろってしつこかったし、かっちゃんが言うことに西尾も追随するところがあるから俺一人が反対したところで無意味というかね、折れざるを得なかった。
『お前の能力、スゲエな!』
初めて生気の灯った瞳が俺を見た。
その時に打ち抜かれたんだと思う。
純粋に俺の能力を褒めてくれた。
強いことはいいことだって。
負けなくて済むって。
弱い奴を守ってやれるって。
あの時から俺は虎徹が好きなんだ。
俺の時代は周りに男色の気のある人間の多い時代だったと思う。
女の人が少ないのもあったし。
でも、俺は違った。
女の子って可愛いでしょう?可愛いし、柔らかいし、なんか華があるし、一緒に居るなら女の子の方が良いに決まってるじゃない。
だから最初は虎徹に俺が失った人の面影を見つけて、縋りたかったのかもしれないって理由をつけようと思った。
でも、瞳を輝かせて俺を見つめる虎徹は全然彼の人に似ていなかった。
似てなかったけど、強烈に惹かれた。
一緒に居ればいるほど、Braverとは思えない人柄に圧倒された。
うん。
虎徹は誰かを好きになって、結婚して、子供をもって、家族に囲まれながら天寿を全うする人生を歩むべきだった。
そういう人間だと強く思う。
けれど、それはもう難しい。
だからいつでも傍に居る人間が一人くらい居たっていいんじゃないかって思ったんだ。
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