第17話

【宇津宮eyes】





 西尾が部屋を出ていってからコッソリとベッドの下から抜け出した。


 だって、夜は皆寝ちゃってるし。

 いくら歳をとらないからって飯を食わなきゃ餓死するし、寝なきゃ当然消耗する。

 誰も起きてないと俺もする事ないし。

 最初の頃は面白がって夜の街を散歩したりしてたけど、俺ってものに触ったりも出来ないし、誰ひとり俺に気が付かないし、人は結構居るのに認知されないって虚しくなってきてさ。

 ま、飽きるよね。

 仕方ないからいつも自分の体に戻って寝たフリしながら朝を待つ……んだけど。


『うっわ~っ!西尾のばか!!』


 自分の体の上をふよふよ浮きながら頭を抱えてぶんぶん振り回す。

 だって西尾、俺にキスしてた!

 普段はハッキリ言って全っ然そんな素振り見せたりしないのに!!

 好かれてるのって俺の勘違いなのかなーなんて思うくらいなのに!


『ぅわ~っ!うっゎ~っ!』


 自分の体の上でバタバタとのたうち回る。

 恥ずかしくて死ねる!

 大体さぁっ!

 自分のキスシーンとか見れる?

 見れないじゃんっ!?

 時代考えてよ、時代!

 いくら今の世の中じゃ珍しくないっていわれても、こっちはそんなのほいほい見られるような時代の出身じゃないんだって!


『……好きだって』


 口元を押さえた。

 押さえたけど腹の底から湧き上がってくる地を這うような低い笑い声は押さえきれない。


 何度も言うけど俺達が生きてた時代を考えてみてよ!

 俺の恋心なんて間違いなく成就しないはずだった。

 手を繋ぐとかだって、どんだけハードルの高い事だったか。

 男女ですらそんなもんだよ?

 しかも俺、これでも長男だからね。

 親の言うまま見合いして結婚して子供作って爺になってって既定路線を進むはずだったんだから。


『つい隠れちゃったけど』


 黒髪の自分の姿を見下ろす。

 髪は西尾が綺麗に梳いてくれてる。

 体は老廃物が出ないから綺麗なのに、毎日この時間に西尾は体を拭いて髪を梳いてくれる。


『黒髪のが好き?』


 隠れずに傍に居たらどんな反応をしてくれるのかな?

 自分の髪を指先で突く真似をしてみる。


『こんなに綺麗にしてくんなくたって良いのに』


 俺等の出会った場所は戦地。しかもクソ暑いジャングル。周りはムサい男か、俺等みたいな一般市民がいきなり徴兵くらったひょろがりばっか。

 しかも全員が全員見事に坊主だよ、坊主!坊主に軍服。やぼったいったらないし、常時薄汚れて色気も何もあったもんじゃない。

 それなのに……‥


『見てくれは気にしないって事なんだよね』


 気の遠くなる時間を西尾は俺の手を離さずに居てくれてる。

 毎日、毎日、俺の髪を梳いて、体を拭いて、異変が無いか確認してくれてる。


『髪、黒に戻そうかな……』


 今は角田みたいに少し明るい髪色にしてる。

 毛先は明石みたいにゆる~く跳ねるようにしてるし。いくらだって姿を変えられるから今風の髪型とかやってみたくて、街で見かける髪型でいいなーって思ったのを真似してみてる。

 どんな姿にでもなれるって、便利だけどこれが俺!っていうのはなくなりがち。

 流石に坊主に戻す気は無いけどね。

 黒髪の俺の方が西尾が好きだっていうならいくらだってやるけど。


『西尾って………ん?』


 急に誰かの気配が近づいてきて、慌てた俺は自分の体に戻った。

 ユーレイ状態と違って一度体に戻ると口も利けなきゃ目も開けられない。

 指一本まともに動かせない有様。

 別に隠れなくたってよかったけど、慌てたせいでつい。


『え?』


 病室に入ってきたのは、さっき帰ったはずの西尾。

 いつもは一回出ていったらWODSの寮に帰っちゃうからここにはまず帰って来ないのに。


「やっぱちょっと寒いよな」


 目を開けられないからわからないけど、俺の上にふんわりとした感触が降りてきた。

 多分、毛布か何か。

 わざわざ取りに行ってくれてたんだ……


「平気かな……」


 俺の頬を西尾の大きな手が撫でる。

 体に入っている時は西尾の肌の感触が伝わる。

 撫でられて気持ち良くなる。

 西尾に触れられてるの、好き。


「宇津宮……」

『何?』


 聞こえないってわかってるけど返事をしてみたり。

 頬を滑る手のひら。

 肩に置かれてから、チュッて唇に柔らかな感触。


『……へ?』

「おやすみ」


 やんわりと髪を撫でてから、今度こそ病室を出ていった。

 残された俺は放心状態。

 繰り返し言うけど、体に戻ってれば感触はあるんだって。


『うっわ────っ!!!!』


 思わず体から飛び出して宙に浮いて頭を抱えてブンブン左右に振る。

 だ、だってキス!

 キスしたっ!!!

 すっごい柔らかかった!


『にしぉ……』


 口に出したら猛烈に恥ずかしくなった!

 横たわる自分の顔を見下ろして、爆発しそうに熱くなってる自分の頬を両手で押さえ付ける。

 ユーレイ状態で頬が熱いとかおかしいかもしんないけど、マジ熱い。

 火を噴きそう。


『西尾のバカ……』


 なんでだろ。

 すっげ恥ずかしいのになんか嬉しい……

 うーわー!

 なにこれなにこれ。

 好きな相手とするキスってこんななんだ。





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