第14話

【西尾eyes】





 医療棟スタッフから久遠寺君が目覚めたって知らせが入って俺達はぞろぞろと病室へ向かう。

 いつも通り俺の横をふゎふゎ漂う宇津宮は微妙な表情を浮かべたまま。

 何か言いたい事でもあるのかもしれない。

 俺が宇津宮の言葉を聞くことが出来ていたら良かったんだろうけど、聞こえないものは仕方がない。


「や。彼、目が覚めたみたいだね」

「角田」


 病室の前で俺達を待っていた角田がいつものアルカイックスマイルを浮かべながら軽く手を挙げて、そんな角田へ虎徹が早足で近づく。

 歳はとんでもなく離れているし、性格だって正反対とまではいかなくても共通点の見当たらない二人だが、虎徹と角田は仲が良い。

 そんな虎徹を追いかけるように宇津宮がふわりと宙を滑る。


「うん。報告は問題無かったし変な突っ込みも来なかったよ」

「そう。そっちも問題無い」


 立ち止まって宇津宮と話す角田を見つめる視線に羨望が交ざるのはもう仕方が無い。

 隠し様も無いしな。

 俺だってできることなら宇津宮と話がしたい。

 理由は長年観察を続けてきたスタッフ達の努力の結晶でわかったんだが、理由がわかったからといって俺だけが宇津宮の声が届かないことをもどかしく感じないわけがない。

 でも、姿を見られるだけでも御の字と思ってその蟠りを飲み込んできた。言葉は聞こえなくとも表情や仕草で何を伝えようとしているのかは大体分かるしな。

 そこに宇津宮が居るのに、自分だけ気配すら感じないんじゃ辛過ぎる。


「角田、西尾の話だけどよォ」

「宇津宮にも言ったけど本当に平気」


 独断で日本支部の命令を無視したわけだから本来なら厳罰モノだ。

 お咎め無しだったのは、きっと俺の所属が未だに英国になっているからだろう。

 ありのままをWODS本部に報告してみろ。俺の命令違反を英国支部が知るところになる。

 宇津宮に過保護な英国支部長を筆頭に俺達の面倒を見てきた自負のある年配のスタッフ達が総出で俺と宇津宮を今すぐ英国に戻せと言い出しかねない。

 今だって殆ど帰ってこないって言ってきていて大変なんだからな。

 心配されていることは有り難いとは思うがそんなことになってみろ、人手不足の日本支部にとっては致命的だ。

 攻撃は角田や明石を筆頭に何人か所属してるけど、能力をほぼ使いこなせている回復は俺しか居ない。

 というか、回復や防御の使い手自体の絶対数が攻撃系に比べて少ないわけだが。

 そもそも生きるか死ぬかの瀬戸際で他人の命を優先する人間なんて少なくて当然だ。

 英国支部から回復を借りてなんとか凌いでいる状態の日本支部としてはお咎めなしにするしかない。


「説明は西尾からする?」

「あん?その方がわかり易いだろうが」

「あ、痛っ!」


 つっこみ代わりに蹴りが入る。

 でもなぁ……‥

 虎徹に蹴り入れられてる角田ってなんか嬉しそうで嫌なんだよな。


「             」

「‥……俺もそう思う」


 いつのまにか俺のすぐ隣に浮かんでいた宇津宮がパクパク口を動かした。

 いつものパターンなら、言った言葉は『バカじゃないの?』だろうから同意しておいた。


「  !?    ?」

「いや、聞こえてない」


 驚いたみたいに眉がひくんって上がってこっちを向いた。

 どうやらさっきの答えも今の答えもあってたらしい。

 宇津宮が残念そうに笑った。


「ごめんな」


 謝るしかできなくて。





 病室に入って、その空気にゾクッとなった。


 業務用の冷凍庫に半袖で足を踏み込んだみたいな感覚。

 冬とかの予め寒いってわかってて感じる寒さじゃなくて、不意打ちで来る絶対零度の冷気。


 見覚えのある少年が久遠寺君のベッド脇にこちらに体を向けて俯いて座ってる。

 こちら側の瞳が長いアシンメトリーの前髪に隠れて表情は読めないけれど、群青色のブレザーの両腕をぽんと投げ出した銀鼠色のズボンの太腿に無造作に放って、ジッ……と部屋への侵入者を隠された瞳で監視している。


 チラッと周りを確認した。

 俺以外は彼の存在に気が付いてない。


「初めまして久遠寺恭平君。俺はWODS東京支部支部長の角田光臣みつおみです」


 黙って立ち止まった俺を不審に思ったらしい角田が自己紹介を兼ねて会話の糸口を作った。

 久遠寺君は思うより柔軟な思考の持ち主で。

 見も知らぬ場所で大人数に囲まれて、聞いた事も無いであろう単語を聞いても目をパシパシ瞬かせただけでパニックにも陥らずに様子を見る姿勢をとった。


「初めまして、西尾文也と言います。WODSのイギリス支部に所属しています」

「あ、どうも…‥」

「西尾は久遠寺君の後見人だよね?」

「はぃっ?!」


 流石に驚いたらしい。

 少し体を仰け反ったせいで、その指先が明石のシャツの裾を抓んでいるのが見えた。

 僅かでも先に接触していただけあって明石には気を許してるのかもしれない。


「嘘……だって、西尾サンて俺の曾お祖母ちゃんの血縁者だって」

「本当の話だよ。今から西尾に説明してもらうから聴いてほしいんだけど」


 流石に驚いたらしい久遠寺君は口をあけて俺を指差したまま固まってる。

 ベッドの脇に椅子を置いて、一見興味なさそうにしてる明石がその頭をゆっくり撫でてやった。



『‥…………なよ』



 最初は空耳かと思った。

 でも、この部屋に居る久遠寺君以外全員が不穏な空気を感じ取った。



  『巻き込むなよ』



 見えているのは、まだ俺にだけ。

 虎徹や角田は敵か味方かを判じ切れずに自分の得物に手を掛けて気配を探ってる。

 明石が久遠寺君を腕の中に抱き込んで片手をポケットに突っ込んだ。


「    !」

「平気、だ。彼に悪意はない」


 俺を庇うようにふゎんっと俺の前に浮いた宇津宮に伝えてやる。

 本当は護るのは俺でありたいんだけどな……‥

 宇津宮は攻撃型ではないしこの状態だから能力もまともに発動しないが、宇津宮が近くに居る状態なら俺が攻撃が出来るようになるから前に出てくれているんだろう。


「危険には巻き込まない。約束する。君なら解るはずだ、知識も補助もなければどうなるのか」


 俺の言葉を受けてベッドから立ち上がった“彼”は俺に向き直った。

 そして──…‥




‥…──────笑った。




 大輪の花が咲いたように鮮烈な笑顔。


 生きていれば人を魅了して止まなかっただろう。

 そういう種類の笑顔。


「‥……寿人」

「ぉ…兄ちゃん…‥?」


 彼は意図的に姿を見せたらしくて、皆頻りに目を瞬かせる。

 そんな俺達の目の前で上半身を捻って久遠寺君の方を向いて、優しさすら滲む笑顔を浮かべてスゥ─…‥ッと彼は空気に溶けて消えた。

 同時にさっきまでのピンッと張ったような空気は消え失せた。


「久遠寺君の内包する“神の悪意”は彼に関わるものなのか……‥」


 宇津宮が酷く痛々しい眼差しを久遠寺君に向けてから、フイッと向きを変えて角田の後ろに隠れた。

 俺の呟きに思うところがあったんだろうな……‥





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