第5話 学園七不思議と臆病なたぬき(と猫?)
忍ヶ丘学園での日々にも、胃痛と共に慣れ始めてきた俺、風間ハヤテ。隣の席の狸谷ぽこさんが、今日も今日とて授業中に「はらへったでござる~」と呟いて犬飼先生に睨まれていたり、猫宮レイが相変わらず俺とぽこさんに「…フン」と鋭い視線を送ってきたりするのも、もはや日常の風景となりつつあった。平和だ。いや、麻痺してるだけか?
そんなある日の放課後。教室で明日の予習でもしようかと考えていた俺の耳に、クラスメイトたちのひそひそ話が飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 最近また『出る』らしいぜ、旧校舎のやつ」
「ああ、『姿なき足音』だろ? 夜中にペタペタって…」
「うわー、やめろよ、怖いだろ!」
…学園七不思議。どこの学校にもありそうな、ありきたりな怪談話だ。ここ忍ヶ丘学園にも、ご多分に漏れず七つの怪異が伝わっているらしい。その中でも有名なのが、今は使われていない旧校舎から、夜な夜な聞こえてくるという足音の話だった。
「ひぃぃぃぃっ! ゆ、幽霊でござるか!?」
その話題に、俺の隣でいつの間にか聞き耳を立てていた(そしてお団子を頬張っていた)ぽこさんが、突然ガタッと椅子から転げ落ちた!
「こ、怖い! 怖いでおじゃる~!」
顔面蒼白! 大きなタヌキ耳はぺたんと伏せられ、ふさふさの尻尾は完全に丸まってしまっている! おいおい、体術の授業で見せるあの規格外のタフネスはどこに行ったんだ!? こいつ、もしかして、めちゃくちゃ怖がりなのか!?
「フン、くだらない。幽霊だなんて、非科学的ですわ」
そんなぽこさんを見て、レイが鼻で笑う。いつものイヤミなお嬢様モードだ。…が、その声が、ほんの少しだけ上ずっているような気がするのは、俺の気のせいだろうか?
「じゃあさ、確かめに行ってみようぜ! 七不思議の真相究明!」
お調子者のクラスメイトが、面白半分にそう提案した。やめろ、フラグ建築士!
「そ、そんな怖いところ、行けないでござる~!」
ぽこさんは俺の制服の裾を掴んで、完全に怯えきっている。
「わ、わたくしは別に、暇つぶしに付き合って差し上げてもよろしくてよ? 迷信だということを証明して差し上げますわ」(なぜか顔が引きつっているレイさん)
「…はぁ。仕方ないですね、ぽこさん。俺も一緒に行きますから、大丈夫ですよ」
結局、怖がるぽこさんを放っておけず、俺もこの肝試し(という名の迷惑行為)に付き合う羽目になった。もちろん、レイも「仕方なく」ついてくるらしい。
放課後、俺たちは忍び足で(忍者学校だけに?)旧校舎へと向かった。夕暮れ時の旧校舎は、噂に違わぬ不気味さを醸し出している。埃っぽく、カビ臭い匂い。軋む床。窓の外で風に揺れる木の枝が、まるで人影のように見える。
「ひっ…!」
ぽこさんは完全に俺の後ろに隠れて、ブルブル震えている。尻尾も完全に縮こまっているぞ。
「な、なんですの、今の音は!?」
レイも、小さな物音にビクッと肩を震わせた。…やっぱり怖いんじゃないか、この人も!
俺は内心ため息をつきながら、スマホのライトで周囲を照らし、慎重に廊下を進んでいく。そして、問題の二階の廊下に差し掛かった時だった。
……ペタ……。
聞こえた。
不規則な間隔で響く、湿ったような、奇妙な音。
……ペタ……ペタ……。
それは間違いなく、何かが歩いているような音に聞こえた。しかも、徐々に、こちらに近づいてきている…!?
「ひゃーーーーっ!! で、出たでござるーーーーーっ!!!」
ぽこさんが絶叫し、俺の背中に全力でしがみついてきた! 柔らかい感触が背中に…って、今はそれどころじゃない!
「な、ななな、なんですのよこれはーーーっ!?」
レイも腰が引けて、顔面蒼白だ! クールビューティーの仮面が剥がれ落ちているぞ!
だが、俺は妙な違和感を覚えていた。確かに不気味な音だが、これは本当に足音なのか…? 音の響き方、周期の不規則さ、そしてこの湿っぽい空気…。
俺はパニックになる二人を「落ち着いてください!」となだめながら、スマホのライトで音のする方向…天井付近を照らした。そして、壁際の床に置かれた、古いブリキ製のバケツに目を留める。
天井を見上げると、そこには雨漏りの跡があった。最近、まとまった雨が降ったばかりだ。
そして、耳を澄ますと聞こえる。
ぽちゃん……ぴちゃ……ぽたん……。
「……分かったぞ! この足音の正体は…これだ!」
俺はバケツを指差した。
「天井から漏れた雨水が、不規則にこのバケツに落ちる音…それが、この静かな廊下に反響して、まるで誰かが歩いている足音みたいに聞こえていただけですよ!」
「「…………え?」」
ぽこさんとレイが、呆気に取られた顔でバケツと天井を見比べる。
「な、なーんだ! 幽霊じゃなかったでござるか! よかったでござる~!」
真相を知ったぽこさんは、ケロリとした顔で俺から離れると、早速「安心したらお腹が空いたでござる~!」とか言い始めた。切り替え早すぎだろ!
「フ、フン! そ、そうよ! 最初から分かっていましたわ! ただの音響現象ですわよ、こんなもの! あなたたち、騒ぎすぎですわ!」
レイは咳払いを一つすると、必死に平静を取り繕っている。いや、あんたが一番ビビってたからね!?
やれやれ、だ。結局、七不思議の一つは、ただの雨漏りだったというオチか。まあ、本物の幽霊や妖怪が出てくるよりは百倍マシだけどな。
旧校舎からの帰り道。夕焼けが空を茜色に染めていた。
「うぅ…でもやっぱり、ちょっと怖かったでござる…」
ぽこさんは、まだ少し怯えているのか、俺の腕にそっとしがみついて歩いている。そのタヌキ耳が、しょんぼりと垂れているのが可愛い。
そして、いつもは俺と距離を取って歩くレイも、なぜか今日は、ほんの少しだけ、俺の近くを歩いているような気がした。
怖がりなたぬきと、強がりな猫又。彼女たちの意外な一面を知ることができたのは、今日の数少ない収穫、か?
まあ、たまにはこういうのも悪くないのかもしれないな。…俺の心臓には悪いけど。
忍ヶ丘学園には、まだ解明されていない「不思議」が残っているらしい。次は、どんな騒動が俺たちを待ち受けているのやら。
(続く)
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