忍者学校(ここ)では、たぬきが最強(物理)らしい!? ~優等生の俺とポンコツぽこさんとツンデレ猫又~

ケモミミ神バステト様

第1話 忍者学校とたぬき少女と、あるいは俺の初恋について。

 春。それは、別れと出会いの季節。新たな生活への期待と、ちょっぴりの不安。そんな、そこら中に転がっているありきたりな季節感が、今年に限って俺には全く当てはまらない。何故かって? 俺が進学したのが、時代錯誤も甚だしい『忍ヶ丘学園高等部』――現代に生きる(らしい)ニンジャの末裔を育成する、秘密主義の教育機関だからだ。冗談じゃない。


 講堂だか体育館だかに集められた新入生たちをぐるりと見渡して、俺、風間ハヤテは本日何度目か分からない深いため息をついた。いや、ため息しか出ない。なんだこの空間は。明らかにカタギじゃない目つきの奴ら、やたらと身体能力の高そうな連中、中には壁に張り付いてる奴までいるぞおい。古めかしい城郭のような校舎の外観も相まって、まるで時代劇のセットに迷い込んだかのようだ。


 そんな中にあって、俺はあまりにも『普通』すぎた。先祖に忍者がいたとかいう、親父の真偽不明な主張を鵜呑みにしてホイホイ入学してしまったが、俺に特殊な能力なんてありはしない。座学の成績だけはそこそこ取れるが、実技なんてものは平均以下。完全にアウェイだ。浮いている。体育館の天井から吊るされた『祝・入学』の垂れ幕より浮いている自信がある。


「はぁ……俺、ここで本当にやっていけるのか……?」


 校長(と名乗る巻物を持ったミイラみたいな爺さん)の長ったらしい祝辞も、来賓(と紹介された途端に霞のように消えたお偉いさん)のありがたいお言葉も、今の俺の耳には砂嵐のようにしか聞こえない。孤独感と場違い感で、気分はどんどん沈んでいく。これからの三年間、俺はこの魔境で息を潜めて過ごすしかないのか…。


 そんな絶望的な気分で硬直していた俺の隣に、不意に気配が現れた。いや、正確には、ドタバタという効果音付きで、一人の少女が駆け込んできて、俺の隣のパイプ椅子に勢いよく座り込んだのだ。


「ふぃー! ま、間に合ったでござるか~!?」


 ぜえはあと息を切らしながら、彼女は悪びれもなく俺に話しかけてきた。ふわふわした栗色のセミロングの髪からは、ぴょこんと丸っこいタヌキの耳が覗いている。少し着崩した真新しい制服の首元には、なぜか大きな緑色の葉っぱが一枚、赤い紐でリボンのように結ばれていた。たれ目がちの大きな瞳は、少し眠たげで、全体的にこう、のんびりとした空気を纏っている。…なんだこの、緊張感の欠片もない生き物は。


 周囲の生徒たちが放つピリピリとした空気の中で、彼女の存在だけが妙に浮いていて、そして、不思議なことに、それが俺には一筋の光のように見えた。この、良くも悪くも『普通じゃない』空間において、害意のなさそうな、ただそこにいるだけの感じが、張り詰めていた俺の心を不意に和ませたのだ。


「あ、あの……もう式、始まってますけど……」

 俺が恐る恐る声をかけると、少女はきょとんとした顔でこちらを見た。

「そうでござるか! いやー、道端で美味しそうなどら焼きを見つけて、つい……」

 やっぱりダメな奴だった。


 だが、彼女はすぐにニパッと屈託なく笑うと、ぺこりとお辞儀をした。

「狸谷ぽこでござる! あなた、お隣の席でござるか? よろしくぽんぽこ!」


 たぬきだに、ぽこ。変な名前。よろしくぽんぽこ、ってなんだよ。ツッコミどころは満載だが、その裏表のない、太陽みたいな笑顔に、俺は毒気を抜かれてしまった。


「……風間ハヤテです。よろしく、お願いします……ぽこさん」

 気づけば、俺は自然と丁寧語を使っていた。別にビビったわけじゃない。ただ、この不思議な少女に対しては、そうするのが正しいような気がしたのだ。


「ハヤテ殿でござるな!」

 ぽこさんは嬉しそうに頷くと、俺の顔をじっと見つめてきた。

「なんだか、難しそうな顔をしてるけど、大丈夫でござるか? もしかして、緊張してるでござるか?」

「え、いや、まあ……」


 図星だった。このアウェイな状況で緊張しない方がおかしい。でも、このぽこさんという少女に心配されると、なんだか自分のちっぽけな不安が少しだけ、本当に少しだけ、軽くなるような気がした。


「はは……まあ、なんとか」

 俺は苦笑いを返す。ぽこさんは「そうでござるか? なら良かったでござる!」と、またニパッと笑った。


 式典が粛々と(?)進む中、隣のぽこさんは、早くもこっくり、こっくりと舟を漕ぎ始めていた。おい、まだ校長の祝辞の途中だぞ。しかもなんか、すぅすぅと平和な寝息まで聞こえてくるような…。


 俺はその無防備すぎる寝顔を横目で盗み見た。長いまつ毛、少し開いた口元、規則正しく上下する肩。時折ぴくりと動くタヌキ耳。なんだろう、この庇護欲をそそる感じは。小動物みたいで、目が離せない。さっき俺に屈託なく笑いかけてくれた時の、あの太陽みたいな笑顔が脳裏に蘇る。


 その瞬間、俺の胸の奥で、トクン、と何かが小さく音を立てた。

 これまで感じたことのないような、温かくて、少しだけ苦しくて、でも心地よい感覚。そして、自分でも分かるくらいに、少しだけ早くなった鼓動。


(……なんだ、この感じは……?)


 まさか。いや、そんなはずは。入学初日に、こんな、どう見てもポンコツなたぬき娘に…?


(もしかして、俺は……)


 自分の内側に芽生えた、未知の感情の正体を探ろうとしたところで、式典の終了を告げるブザーがけたたましく鳴り響いた。隣では、ぽこさんが「ふぁ~あ…終わったでござるか~?」と大きなあくびをしている。


 俺の忍者学校生活は、どうやらとんでもない波乱と、そして、予期せぬ胸の高鳴りと共に幕を開けたらしい。……ああ、やっぱり胃が痛くなってきた。


(続く)

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