第2回 小楽園『庭園缶』 「クッキーの形をした“ストーリー”を食べてる!」

「あっ! 今クッキーの形をした“ストーリー”を食べてる!」


 食に脳を乗っ取られたの初めてだ!



 ◇



 今回のエッセイは小楽園というお店で売っている、『庭園缶』という名のクッキーについて語る。


「連載2回目にして食べ物!? 本の考察じゃないの?」


 と思っただろうが、私が1番

「連載2回目にして食べ物を語るとは思わなかった……」

 とびっくりしている。


 このエッセイは作品をメタ視点で読んだり考察したりするのがテーマなのだが、まさにこのクッキーでいろいろ感じたことがあるので、ぜひ語らせてほしいのだ。



 ◇



 まず、小楽園がどんなお店か説明すると、東京都心(代々木上原)にある“桃源郷のお土産物屋さん”がコンセプトのお菓子屋&ティーサロンだ。


 公式HPにあるお店の説明をざっくり引用させていただくと、


 ・日本の古いおとぎ話にありそうな浮世離れ感

 ・食器やスパイスは異国からシルクロードを経てお店に漂流したイメージ

 ・八百万の神も獣も人間も、お店のお茶とお菓子でおもてなし


 とある。

 もうこの文章だけで、徹底したこだわりを持って作られているとわかるほどだ。


 お店の外観も個性的。

 桃色の壁を、上からボリューミーなフェイクグリーンが覆っている。

 オシャレなんだけど、シャープ過ぎない。

 山や森を歩いていたら、突然目の前が開けてこのお店があって……と、物語を感じる佇まいをしている。


 で、店内は和洋折衷で多国籍な個々のアイテムが、ネオジャパネスクというテーマで繋がり、不思議とまとまっている。

 奇抜に見えて、妙に落ち着く居心地の良さがある。


 小さな個人店だが、ディズニーランドやUSJのように、しっかりしたコンセプトのもとに作られていることが伺えるのだ。



 ◇



 前置きが長くなったが、このコンセプトがクッキーに非常に大きな影響を与えているので、説明する必要があった。


 で、肝心の『庭園缶』クッキーの味だが……


「このお店のコンセプトに惹かれて買った人間なら、繊細な風味とその理由をわかってくれるよね?」


 という、オーナーの“こだわり”と“祈り”が伝わる味がする!


 なんで食べ物の感想が、「甘いね」などの味覚じゃないんだと思うだろうが、そんな単純な言葉じゃ収まらねえ味なんだよ!


 普通お菓子って、というか売られている食事って、万人向けに無難でわかりやすい味に設定されたものがほとんどだ。


 たとえばレストランで見かける“料理長のこだわりサラダ”などは、全然料理長のこだわりや好みではなく、抑えた味付けにされているらしい。

 個人の、しかも食と真剣に向き合う人間の好みそのままに作ると、とがった味付けになって食べる人を選ぶからだ。

(というのを、むかーしテレビで見た記憶がある)


 また、不況の世の中で冒険する人間は少ない。

 なるべく多くの人に買ってほしいから、はずさない無難な味付けと、抑えめの価格設定で、そこそこの商品を作る。


 だが、この庭園缶クッキーは違う。

 客の味覚に寄せていない。

 寄せているのはお店のコンセプトであり、お値段もお高めだ。

 なんと6,800円!

 しかし、それだけの意味と価値がこのお菓子にはある。



 ◇


 ――田舎道を歩いていた私は、どこで誤ったか、いつの間にかうっそうとした木々が茂る、陰った山道を歩いている。


 さてどうしようかと途方にくれていると、木のトンネルのずうっと先から光がさしており、さらに人の笑い声が聞こえてくるではないか。


 助かった!

 私は駆け足で日の下に出る。


 するとそこは、鳥が歌い花は咲き、緑が露に濡れて輝く庭園だった。

 その中央にある東洋風のガゼボでは、妙に古風な装いをした人たちがお茶をしている。


 邪魔をしてはいけないと思いつつも、道に迷ってしまった心細さからおずおずと近づく。


 お茶をしていた人たちの笑い声がやみ、こちらを見て「おやまあ」という顔をした。


「やあお客人、あなたもお茶はいかがかな?」

「人間だ」

「人間だ」

「久しぶりに会ったよ」


 古風な人たちは含みのある笑みを浮かべつつ、しかし敵意もあざけりもない様子でこちらを見つめる。


 そういえばのどがカラカラだ。

 私は遠慮なく、円テーブルの空いていた席の一つに腰を落ち着ける。

 だされた花の香りがするお茶を一口飲むと、それだけで体中が潤うようだ。


 ほっとしたら、おなかもすいてきた。

 それを見越してか、古風な人が色とりどりの菓子が乗った皿をこちらに寄せてくれた。


「焼き菓子はいかがかな?」


 いただきます、と感謝を述べて薄緑色のメレンゲを一つほおばる。

 鮮烈な酸味が鼻を突き抜けて、爽やかな気分。


 次に赤いラングドシャ。

 果実の甘酸っぱさのあと、さくらがふわりと香る。


 ほかにも、スパイスの香りのするものや、甘い風味のするものなど、いろいろな菓子を食べた。


 古風な人が「この菓子に使われている材料は、海を渡ってきたのだよ」とにっこり語る。


 いつも食べている味付けとは少し違う。

 知っているけど知らない、不思議な味。


 ふと、隣に座る古風な人の着物の裾から、虎のしっぽが見えた。


 ほかの人たちもよく見ると、髪飾りと思ったものが本物のツノだったり、瞳の色が金や銀に輝いていたりする。


 そうか、と私は納得する。

 私は森や山に住まう人ならざる者たちの茶会に、紛れ込んでしまったのだ。――



 ◇



 食の感想でうっかり小説をしたためてしまったが、あの世とこの世の境で出されるお菓子って、きっとこんな味がするんだろうな、と私は思った。


 あえて既存の食べ物に味を例えると、クラフトジン系の風味がする。

 酒飲みならなんとなく「ああ、個性的で奥深い風味付けがされているんだね」とイメージできると思う。


 つまり大人の味のおいしさだ。


 10種類のクッキーが入っていて、その1つに青梅のメレンゲがある。


 これが一般的に販売されているお菓子なら、たぶんほんのり梅風味で後味を甘くしたと思う。


 でも、庭園缶のメレンゲは青梅らしい爽やかさとまだ熟していない実特有の青っぽさをほんのり感じる。


 このお店のお菓子は、これくらい個性的でしかるべきだろう。


 どこでも食べられる万人向けの味だったら、ただ素敵なお店のお菓子を食べました、という当たり障りのない感想で終わる。


 でも、このお店は特別なコンセプトの上に設計された菓子屋だ。

 ここでしか食べられない味だからこそ、「今日の私は何か特別なものを口にしたのだ」という、新鮮な思い出として記憶に残る。



 ◇



 こうも特別な食べ物を、じゃあどんな飲み物と一緒にいただくのがベストかという話になる。


 爽やかなお酒のつまみとして食べるのはもちろんのこと、煎茶といった繊細なお茶と共に食すのが、一番クッキーの風味を邪魔しないと思う。

 ノンシュガーのフレーバー系強炭酸もありだ。


 ミルクティーやチョコレート系フレーバーなどの香りや味が強い飲み物はよしたほうがいい。

 クッキーの繊細な味がぼやけて死ぬ。



 ◇



 もしも、宮沢賢治やガラスの仮面の美内すずえがこのクッキーを食べたなら、インスピレーションを受けて洗練された物語を紡ぐだろう。


 これを読んだあなたも、興味を持ったなら食べてみるといい。

 心を満たす食べ物は、己の内にある柔らかい感情にやさしく触れて、それにより特別な物語が湧き上がる――そんなことがあるかもしれない。


 これは、そんなおとぎ話の味がするクッキーだった。




 おわり

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Let's! 紹介・考察・感想文! 米田 菊千代 @metafiction

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