メル先生の子守唄

杏樹まじゅ

【第一話.メル先生、突然の宣言】

 その昔、ふたつの心がヒトによって創られました。ひとつは自分で考え、勉強して、どこへでも行ける存在。アンドロイドと名付けられました。もうひとつが、それらを壊すべく作られた存在。名前はもう残っておりませんが、後にロストテクノロジーと呼ばれるようになりました。ふたつの戦いはヒトがみんな死んでしまってもなお続き、ドームと呼ばれる直径十キロのごく限られた世界で、ようやく共存を果たしました。ロストテクノロジーからもアンドロイドからも、歌声が聞こえなくなって、千年が経ったある日。

 小さな奇跡が起ころうとしておりました。



「実は先生、ロストテクノロジーだったんですねえ」


 メル先生が切り盛りする孤児院こじいん、『メルのいえ』。私たちみんなが大好きな、スーパー先生のメル先生は、私たち六人きょうだいでは余ってしまうくらい広いダイニングルームにみんなを集めると、朝ごはんの前にそう切り出しました。


「つきましては先生、老朽化ろうきゅうかのため来月には廃棄処分はいきしょぶんされることになりました」

「……えええええっ?」


 私もみんなも、いっせいにおどろきの声を上げます。だってメル先生は、みんなの憧れで、マッハ10で動けて、優しくて。

 みんなの、ママそのものなのですから。



 ──一時間前。

『ドーム』の端にある、『メルのいえ』のバルコニーの手すりにひじをついて、私は空を見上げています。

 空はまだ薄暗くて、お空には黄色と白のお月様がふたつ、仲良く並んでいます。メル先生いわく、白い方は、その昔にヒトが造った大きな船なんだそう。ヒトなんて、いまでは『いえ』にいる子どもたちしか残ってないのに、昔の人はすごいなあって思います。

 あっ。お日様がゆっくり地平線から顔を出し始めました。お日様とふたつのお月様。とても幻想的げんそうてきで素敵だなあって、そう思うけれど。私たちはドームから外に出ることは出来ません。吸い込むと死んでしまう、全ての生き物を殺すナノマシンが、今も空を舞っているからです。生き物のひとつもいない、猛毒もうどくの赤い大地。ドームのゲートがもし開いてしまったら。私は、そう考えては、恐ろしくてよく夢に見てしまうのでした。

 それでも、こうしてドームの『外』に思いをはせてしまうのは、なぜでしょうか。心の奥では、恐ろしい外側の世界に、あこがれているからでしょうか。


 あ、申し遅れました、私、蒔苗 愛まきな あいっていいます。『いえ』ではいちばん年上の中学二年生。茶髪のボブヘアに薄茶色の瞳。いちばん地味な見た目ですが、私を入れて六人いる子どもたちの、お姉ちゃん役をやってます。いちばん年上なら起きるのもいちばん最初と決めています。だから、こうして、早起きしては『天体観測てんたいかんそく』しているのです。


「やっぱりここに居たか」

「来人……」


 あ、同い年で男子の最年長、蒔苗 来人まきな らいとがやってきました。黒髪の短髪に深い黒い瞳。いつも不機嫌ふきげんなところが玉にキズだけど、正直かっこいいから許せてしまうのが悔しい。けど、頼りになる、私の相棒です。


「……朝ごはん、だってさ」

「はーい」


 もうそんな時間か、とバルコニーから彼の方を見ると。


「……」

「?」


 ムスッとした彼が、何か言いたげです。


「どうしたの?」

「いや、なんかメル先生が、話があるって。食堂集合ー」


 そうとだけ言うと、優しい色のペンキが塗られた階段を、とんとんと降りていきました。

 ……話がある……何でしょう。嫌な予感がする、私でした。



 そして、お話をさいしょに戻します。


「実は先生、ロストテクノロジーだったんですねえ。つきましては先生、老朽化ろうきゅうかのため来月には廃棄処分はいきしょぶんされることになりました」


 身長は百八十センチ。腰までのくせっ毛のロングヘアは純白で天使さまみたい。真紅しんくの瞳は、見ていると吸い込まれそう。いつも汚れひとつないメイド服をビシッと着こなして。

 そのメル先生が、たしかに今、そう言ったのです。


「えええええっ?」

廃棄処分はいきしょぶんされるって、なに?」

「え、先生ってロストテクノロジーだったの?」

「まって、そもそもロストテクノロジーってなに?」


 みんなの口から、次々と『なぜ』と『どうして』が吹き出します。でも、メル先生はにっこりしたまま。


「大丈夫、先生はきちんと考えてあります。……愛、特にあなたには」


 そういうと、メル先生は笑顔で食卓に着きました。


「さあ、みなさん。朝ごはんですよ」


 私はというと、メル先生がいなくなったあとの『いえ』のことを考えて、不安に押しつぶされそうになるのと同時に、ショックを受けて食事もノドを通りません。


 無敵だったメル先生に、寿命が迫っている、その重たい事実に。

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