第26話 ダンジョンで修業をしよう-4

 粗末な棍棒と粗末な斧と、それから粗末な杖を拾って、ゴブリンのダンジョン周回はおしまいだ。最後の部屋にいるボスだって、めったにいいもんなんて持ってない。落とさねえんじゃねえ、持ってねえんだよ。出来ればあと一つか二つ、粗末な鍵欲しいんだけどな。

 なんて考えながらギルドに清算のために戻ったら、ドアの右側、酒場の方から声がかかった。


「今混んでるから、しばらくこっちで待っとけ」

「ありがとう」


 受付に、なんかデカい物を持ち込んだ一団がいるようだ。それの査定で、てんやわんやになってる。ちょっと楽しそうだ。


「なにが、あったの?」


 俺を呼んでくれた一団を、俺は知ってる。

 魔王討伐に名乗りを上げてくれた冒険者だ。魔王を倒す力はないが、斥候や露払いは出来ると言って、いつもちょこまかと動いてくれていた。戦士のシャルルにクリストフ、斥候のダニエル。魔法使いのバルバラに、修道女のカリーヌ。

 でも彼らは俺を知らない。俺をまだ知らない。俺の腕について痛くないのかと聞いてきたり、奴隷剣士について聞いてきたり、無理なく俺を馴染ませてくれた彼らは。俺を。


「なんかユニークが出たんだと」

「そんで、見たことないからって大盛り上がりよ」


 受付が見える席は、割と人気だ。俺はありがたく一つ譲ってもらって、リュックを床に置いて受付を見る。俺の順番来るんだろうか。


「ところでずっと気になってたんだけど」

「ん?」

「まあ待て待て。俺は戦士のシャルル。こいつがクリストフ」

「よろしく」

「そうね。あたしは魔法使いのバルバラ」

「修道女のカリーヌよ」

「ダニエルだ。よろしくな」

「俺はバティスト。ジジイの弟子だよ」


 彼らは和気あいあいと。なんでもないように、俺をその中に入れてくれる。今も昔も変わらない。多分きっと、この後魔王討伐部隊で会った時も、良くしてくれるんだろう。


「とりあえず、何を飲む? お前成人してるのか?」

「待って、俺金ない」

「なんだい、知らねえのか。最初の一杯は先輩のおごりだよ」


 くつくつと、ダニエルが笑う。シャルルがひょいと手を上げて、酒場の担当の職員さんを呼ぶ。


「え、知らねえ」

「よしじゃあ果実水だ。あとなんか食うもんもくれ。終わんねえだろ、あれ」

「しばらくは無理だね。分かる人今いなくてさ」


 職員さんにシャルルがコインを手渡して。ちょっと待ってなって職員さんは言って、去っていった。


「お前さんには、いくつも聞きたいことがあるが」

「成人は、してるのかしら」

「多分?」

「おうまてどういうことだ」


 カリーヌの問いかけに首を傾げたら、シャルルの目つきが険しくなる。どういう事も何も、いや別にはぐらかしたわけじゃなくて。


「おいらと同じじゃねえ? お前父ちゃんと母ちゃん知ってるか?」

「あれは俺の親じゃねえ」

「……な、孤児院出身だわ、こいつ」


 なんかダニエルが勝手に納得してくれる。もっとあれなんだけれどまあいいや。シャルルにおごってもらった果実水と、それからシャルル達に酒と食いもんが届いて、乾杯をする。ちょっとやってみたかったんだよな、これ。


「去年か今年か来年ぐれえじゃねえかって、ジジイたちは言ってた」


 同行してる南の賢者のジジイも言ってたし、王子様の爺やのベランジュのジジイも言ってた。だから多分、俺はそれくらいの年なんだと思う。

 おそらく同じくらいの年頃の、従騎士仲間のエメと、出会った頃はおんなじくらいのサイズだった。いや、俺の方が貧相だった。あっちはほら、貴族様だから。ちゃんと食ってたし。けど今は、ちゃんと飯食えて、ちゃんと体も動かしてるから、エメより頭一個半はでかい。エメもデカい方なんだけどな。

 ちらり、と。視線だけで彼らは何かを語った。なんかいいよな、そういうの。仲間って感じがして。


「そうか。大人だってんなら、代表して俺が聞くけど」

「おう」


 おごってもらった果実水を、口に含む。これは飲んだことがある。うまいんだよな、これ。俺はあまり、酒は好きじゃない。苦いだけじゃないか、あれ。


「お前は今、何をしてるんだ」


 シャルルはちらり、と、俺の足元のでかいリュックを見る。つられて俺もそれを見て。


「間引きの依頼ってのを受けたんだよ。だから俺が修行がてら潜ってる」

「そうね。定期的に潜った方がいいわよね。丸腰に見えるけれど、魔法使いなのかしら」

「いんや。俺が使えるのは、身体強化の魔法と、魔力付与の魔法だけだよ」


 それも、完全じゃない奴な。まだ及第点には達してないけど、使えはする。呪文ってのを俺は覚えるのが苦手なもんだから、完全には至っていない。


「ゴブリンのダンジョンはさ、武器が拾えるだろ? だから最初はさ、こうやって石でさ」

「いやまてまてまてまて」

「むりむりむりむり」


 ダニエルとバルバラとカリーヌに見つめられて、シャルルとクリストフが首を横に振る。そうだ。普通は石でゴブリンは倒せない。それは俺も分かってるし、ジジイに言われた時は頭大丈夫か、と思ったもんだ。


「石に、魔力付与すると、一撃で落とせなくてもダメージ入るし引き付けられるんだよ」

「……ああいや、それならいけるか」

「魔力付与がどんなもんかわからんけど、やってやれなくはない、のか?」

「そんで、あいつら武器持ってるから、次はそれを拾って、魔力付与して殴って、って繰り返していけば、手ぶらでも行けるって寸法よ。ジジイがそう言った時は俺も頭おかしいんじゃねえかって思った」

「いやスパルタにもほどがあるだろ」

「それで出来るお前もお前だよ」


 シャルルとクリストは酒をあおって、ため息を吐く。奇遇だな。俺もそう思うわ。

 けれど俺にはこういう、生きるか死ぬか、みたいな修業があってるのを自分が一番感じている。死にたくなくて生きたくて、必死になって目の前の他の奴隷を殺していた頃に似ている。だから多分、そしてジジイは俺のその前を知っているから、こういう修行方法なんだろうな。くそだと思うが。


「杖は?」

「持って無い」


 いきなりバルバラに言われて、そう答える。粗末な魔法の鍵を手に入れて、それをジジイがなんやかんやしてるのは内緒の話だ。知られると面倒そうなのはなんとなくわかる。


「粗末な杖、拾わなかった?」

「拾ったけど、あれって火の玉とか飛ばす時に、方向指示する奴だろ?」


 騎士団で使ってるのを見たのは、そういう奴だ。でも風呂場みたいなところだと、杖もいらないみたいで、手から直に火の玉を出して浴槽にぶちこんでいた記憶がある。それでいいのかと思って見ていたけれど、そういうものだと次第に慣れた。

 慣れちゃダメな奴だったのか? いやダメか。今ふと思ったけれど、城にいるような魔法使いなんて、国の中でも上澄みじゃねえか? ジジイより弱い、で、考えるの辞めてたわ。


「それは、普通の杖の話。粗末な杖には、別の使い方もあるのよ」

「教えてくれるのか? まだ売ってねえから手元にあるけど」


 リュックサックの中から、売る予定だった粗末な杖を引っこ抜く。全部で十三本。結構な数あるんだよな。粗末な棍棒や粗末な斧は使って壊れたら捨ててくるけど、粗末な杖は使わないから溜まっていく。焚き付けくらいにはなるだろうってんで、買い取ってくれるから回収してる。


「後ろ向いて、上着めくって」


 バルバラは俺から杖を受取ると、ズボンのベルト穴の所に杖を通した。


「こうすることで両手が埋まらない状態で魔法が使えるの。自分にかけるものくらいなら、多少は効率が良くなるわ」

「へえ。ありがとう」

「どういたしまして」


 お礼とばかりにリュックから粗末な杖を三本抜いて、シャルルとクリストフとダニエルに渡す。三人とも受け取ってくれたってことは、理解してくれたんだろう。


「おうバルバラ、明日ちょっと魔力付与の魔法、教えてくれや」

「なんでよ」

「石にかけられるんなら、やってみて損はないだろ? それに俺はともかくダニエルが自分でかけられるようになったら、お前もちったあ負担減るんじゃないか?」

「ちょっとだけね」


 まあ試してみるのは悪くないと、笑いあってた。特にこれで、彼らの戦力が上がる、とは俺も考えていない。冒険者全体に広がるといいな、とか、俺は考えていない。単なる礼だ。なんか興味ありそうだったから。どうせ冒険者のギルドに売ったって、大した値段にはならねえんだ。おもちゃになる方がいいに決まってる。

 それからもしばらく雑談をして、ようやく受付が空いて、俺は今日の報告に言った。そろそろ、この間引きの日々も終わりのはずだ。俺の、魔法の鍵が出来るだろうから。


「ほーん、そんな使い道がな」

「あ、やっぱりジジイも知らなかったか」

「そんな裏技みたいなの、知るわけねえだろ」


 魔法使いのバルバラに教わったことをジジイに話したら、こんな反応だった。まあ、南の賢者様って呼ばれるような魔法使いが知るような方法では、確かにないわな。

 ちなみに試してみた感想としては、ちょっと楽だった、だ。めちゃくちゃ楽なわけじゃない。発動が早い訳でもない。それでも、終わってみると、ここに差しとくだけならまあ邪魔にもならないしいいか、だ。

 だからジジイのポーチに、壊れた時のための予備の粗末な杖を一本と、勇者様にあげる用の一本を入れておいた。王子様にはいらねえだろう。王子様はちゃんとしたいい杖と、ちゃんとしたいい鍵を持っていたはずだ。ベランジュのジジイがその辺をおろそかにするはずもない。

 粗末な鍵がそれなりの鍵になったから、俺たちは間引きの依頼を終わらせて、オーリクの村を目指して出発した。

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