第16話 南の賢者様をお迎えに-3

 それにしても南の賢者様、今生、って言いきったな。てことは、南の賢者様も王子様みたいに転生、している可能性があるというか確定したよなあ。王子様に連絡を飛ばすかと一瞬考えたけれど、まあそれは一旦置いておく。あとで南の賢者様と話してからだ。


「あー、なんだ。儂とこいつ、バティストは初対面じゃない。だから儂の無礼っぷりもこいつの無礼っぷりも誰も気にせんでよい。バティスト、お前儂の物言い、不満ではないな?」

「南の賢者様も北の賢者様も、まあどちらもこういうお方ですから、自分は特には」


 個人的には話しやすいと思ってすらいるけれども、今の俺は王子様の御使いだからな。ああいう言葉遣いはつつしまなきゃならねえのは分かってる。だからしれっと答えておいたら、南の賢者様が何か言いたそうにこっちを見てる。それは全部後でだ後で。周りを見ろ周りを。特に真っ青になってるボードレールの姫君をだ。俺も空気が読めるようになったよな。


「ま、面倒くさいんで説明はせんがの」

「自分に詳しい事を聞かれてもお答えできませんので、ご容赦ください」


 南の賢者様が説明をぶん投げたので、こっちはこっちでお断りを入れておく。うるせえな、どこまで答えていいのか大人が分かんねえつってるもんを、まだ成人してねえ俺が決められる訳ねえだろうがよ。その辺はボードレールのお姫様も含めて分かるらしく、困惑した視線を南の賢者様へとむける。でも説明しねえつってる南の賢者様が説明しねえことも、大人なら、特にボードレールのお姫様はよく分かってらっしゃるんだろう。受け入れて下さった。

 帰ったら王妃様にちゃんと報告して、対応してもらわねえとな。やれやれ、たまったもんじゃねえや。


「そんで、今の名前はバティストでいいのか?」


 とりあえず領主様も王女様も、南の賢者様が追い払って、今は南の賢者様に与えられている客間だ。メイドのお姉さんたちがお茶とお菓子を置いて去って行かれた。まあ、俺は南の賢者様を殺せねえし、南の賢者様にしてみりゃ、俺を殺すメリットもねえから、その辺りは安心していい。


「王子様がそう呼んでるから、そうなんじゃねえかな」


 奴隷には名前がない。多分王子様はその辺りの事を、いや待て。買ってるんだから知ってるだろう。多分最初に会った時の名前がそれだったから、そう呼んでるだけだと思う。


「お主、自分の事に興味なさすぎじゃろ」

「奴隷にそんなもんは不要だからな」


 奴隷は物だ。所有物だ。だから大事にしたり大事にしなかったりする。大事にしたら長く使えたりする。その程度だ。王子様は割と大事に使ってくれているが、俺の方が、まあその、あれなので。


「まあ、まあいい。そんで、今どうなっとる」

「えーと、記憶があるのは王子様だけ、俺は王子様に買われ後、城に行って魔王の話をされた時に思い出した。それまでは何も知らねえ死にかけの奴隷のガキだ」

「まあなあ。お前さんは、思い出しちまったら辛いだろうから、その方が良かろうなぁ」


 人間のように扱われている今の記憶を、粗雑に扱われている物の方がまだ大事にされている状態で見たら、耐えられんだろうからな。南の賢者様のその言葉に、乾いた笑いしか出ない。それは、いちいち、言葉にするな。


「えーと、あとは何だ。王子様は今、城に伝わる魔王封印について調べ直している。聖女様にはお会いした。ご記憶はないようだったが、いつ魔王が復活してもおかしくないため、一層鍛錬に励んでくださるそうだ」

「聖女様はの、どれだけ祈ろうとも、その時が来なければ何もできんから。あんまり気にせんでよかろうて」

「マジかよ会っちまったよ」

「それもまた、若者の特権だわな。あがけあがけ」

「この糞ジジイ。あとは勇者様だな。今、お城のそういう人たちが探してる。俺がもうちょい大人になったら勇者様の村に行って、勇者様に稽古をつけて、ええと、魔王討伐部隊で会った時に、さらに稽古を付けられる下準備だってさ」

「そんなんせんでも、金で解決すりゃいいだろうによ」

「駄目なんだってよ。他国の王族が手を出すのはよろしくないんだってさ」


 勇者様は、まだ勇者様じゃないからな。

 今はまだ寒村の少年で、今、その、金で勇者様を何とかしてしまうと、奴隷に落ちちまうんだよなあ。


「あいつも奴隷とどっこいじゃったろうに」

「て思うだろ? 奴隷にならなけりゃ、まだ何とかなるんだよ」


 人の身である、ということは大事な事なんだよ。俺は奴隷から生まれたから、生まれた時から奴隷なもんで、その辺りマヒしちまってるけれど、寒村とはいえちゃんと両親がいる人間が落ちるもんではない。あの王子様が迎えに来てくれた店でも、奴隷落ちと元から奴隷では、絶望の度合いが違ったからな。

 俺? 俺はまだ生きてんのが不思議だな、って状態だったから、そんな俺を見てだな。まだ生きてんなあって見てるのが生まれつきで、いつか自分もこうなるんだって泣いてるのが、奴隷落ちだ。自分の失態で落ちた奴は知らねえけど。


「で、前回はなにがあったんだ。今回久し振りに儂にしたってことは、何ぞあったんだろう」

「おう。前回な、俺が強くなりすぎて倒しちまって」

「ああ、勇者様がとどめを刺して、聖女様が封印だからなあ。なるほど、魔王の体力の残量を見るために呼ばれたか」

「いや、王子様がその魔法覚えてえって」

「……えー。その上で北の賢者のヤツ呼ぶのー」

「まあそういう反応になるわな」


 一応俺とジジイは止めたのだけれど、せっかくだから覚えてみたいと王子様は仰せでな。その辺は後で二人で話して欲しい。

 南の賢者様は口ではそんなことを言いながらも淹れてくれたお茶をごくごく飲んで、おやつもほとんど一人で食べている。一応俺もちょっとは確保したので、文句はない。うまいよな。昨日も食ってるしな。

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