第13話 危機
殺気を孕んだ叫びとともに、刃が振りかぶられる。
カイルはその一瞬を逃さなかった。視線を逸らさず警戒していた。が、来るなら自分だと思っていた。
違った。イアンの狙いは――ユーリ。
その意図を察知した瞬間、カイルは即座に体勢を変える。
「ユーリ!」
振り返り、ユーリを抱き寄せる。そして。
カイルの背中に衝撃が走る。刃が、背に突き立てられたのだ。
「カイル!」
悲鳴を上げるユーリ。カイルはなおも彼女を抱えたまま、血の気の失せた顔で振り返る。
セノンの剣が容赦なく振り下ろされ、イアンは地面に這いつくばり、呻き声を漏らしていた。
――これでもう、再びはない。
そう確信し、カイルは力を抜いた。
「カイル!」
ユーリの叫びが、再び空気を裂く。
カイルは言葉を返そうとするが、唇が動かない。力が、抜ける。そう自覚する間もなく、ユーリの腕の中に崩れ落ちる。
「セノン! イアンは応急処置をしたらすぐ雪の国へ移送! 侯爵邸は閉門、出入りを禁ずる! 勅命と心得よ!」
「はっ!」
「イアンの配下も、雪の国の者は一人残らず連れ帰って!」
「心得ております!」
ここまで言って、ようやくユーリは一番言いたかった願いを叫ぶ。
「誰か――医官を!早く!」
叫びながら、ユーリの手は震えていた。
カイルが、死んじゃう……。
この場には、本来なら必要な人員を意図的に減らしていた。影響を最小限にするための判断だった。
だけど今は。
誰か……お願い、誰か、来て。
「王太女殿下!ご無事ですか?!」
ユーリの願いに呼応するように、水の国の騎士が駆けつけてくる。
「無事です。あなたは?」
「水の国騎士団上級騎士、キリアンと申します。」
上級騎士、ということは、カイルとも顔見知りかしら。キリアン、と名乗った騎士の顔をじっと見る。年の頃はカイルと同じくらい。精悍な顔つきとよく鍛えている体躯から、そしてユーリを見つめ返す真っ直ぐな目に、カイル救命について信じることに決めた。
「では、カイルの背中の傷の手当てを。できる?」
「は。ひとまず短剣を抜き、圧迫して止血します。その後すぐ本日の宿に向かいましょう。宿に着いたらすぐに医官に診てもらえるよう、手配します」
そう言うなり、連れてきた騎士と思しき者たちに手短に指示を与えていく。
「では、短剣を抜きます。王太女殿下、カイル殿を支えるのは、この者が代わります」
正騎士なりたて、という風情の騎士が進み出て、ユーリに代わってカイルを支える。さらにもう一人が肩を押さえつけるので、なんという厳重さだと目を見開いたが、ユーリはその理由をすぐに悟った。
「カイル殿……少し我慢だ」
そう言うと、キリアンは短剣をひと思いに抜いた。すかさず、一人の騎士が傷に酒を振りかける。痛むのだろう、カイルの顔が歪む。その後、キリアンは布を押し当てる。
しばらく押し当てたあと、その後の処置を部下に任せ、キリアンがユーリに向き合い、傷の見通しを話す。
「王太女殿下。傷は思ったより深く無かったので、大事には至らないでしょう」
「助かります。宿に向かうには、わたくしの馬車にカイルを乗せてください。貴国にご用意いただいている隊列に差し出がましいですが……先導の馬一頭、わたくしの馬車だけの小さい編成にして、ひとまず宿に急ぎたいのですが、できますか?」
「できます」
「ありがとう。念の為、キリアン殿の隊に護衛で付き添っていただきたいのですが」
「もちろんです。では、先に行って準備してまいります。王太女殿下とスノセット侯爵閣下は歩けるスピードで、馬車に向かってください」
「わかりました。助力、感謝します」
キリアンの配下一人がカイルを背負い、一人がユーリの護衛につき、馬車を目指す。
ユーリとカイルの一行が馬車についたときには、隊列はすでにユーリが依頼した通りの編成になっており、ユーリはキリアンの優秀さを悟る。
「ユーリ様!」
馬車の前でユーリたちの到着を待っていたアリスが、ユーリを見て泣きながら飛びついてきた。
「アリス!無事だったのね。」
飛びついてきたアリスを抱きしめる。が、すぐに引き離す。
「はい!でもカイル様が……」
「そうよ、早くしないと。キリアン殿が助けてくれるから、まずアリスが馬車に乗ってちょうだい」
ユーリの意図を察したアリスが素早く乗り込み、中からカイルの乗車を助ける手を出す。背負われていたカイルが馬車の中に運び込まれたのを見届けると、ユーリは振り返りキリアンの姿を探した。
キリアンはすでに騎乗し、隊列の横についていた。
「キリアン殿。素早い対応、感謝します。我が国の不手際に巻き込み、申し訳なく思いますが、本日の宿まで護衛、頼みます」
「承知つかまつりました」
目礼を返すと、ユーリも馬車に乗り込む。
カイルの横に腰を下ろし、苦しげなカイルの上半身を支える。それを見計らったかのようなタイミングで、馬車が動き出した。
「カイル、ねぇカイル、大丈夫?ひどく痛むの?」
ようやくユーリから王太女の仮面が剥がれ、ぽろぽろと涙をこぼす。
「わたくしのせいでごめんなさい。もっと護衛を連れて行くべきだったわ」
「ユーリ。その謝罪は、ユーリ自身としての言葉か? それとも、王太女としての責任か?」
思いもよらない問いに、ユーリは一瞬言葉を失う。
「……そんなの、両方に決まってるでしょう! もっときちんと体制を整えていたら、カイルをこんな目にあわせなかった。わたくしは、それを実行できる立場にいるのに!」
カイルの胸を叩いて訴えたくなるが、怪我人にそんな真似はできず、悔しさと情けなさで、さらに涙があふれる。
「悪かった……」
「急に素直になるの、やめて。怖いわ」
突然の謝罪に戸惑い、そっぽを向くユーリ。その首元に赤い痕があるのに気づいたカイルが、そっと手を伸ばす。
「これは……」
「そうよ。首を絞められたときのよ」
その言葉に、アリスが驚いて目を見開く。二人は、気づいていたのか、いなかったのか。
「守れなかった……」
「いいのよ。あんな人を“そういう人”と確信できなかったわたくしも悪いわ。でもそれより……カイルの首飾り。たぶん、あの時ちぎれて、どこかに落ちちゃったの」
新たな涙が、頬を伝う。
「ずっと大切にしてきたのに……なくなっちゃった。ごめんなさい」
「大丈夫だ。また作ればいい。今度は紫水晶を使って、ユーリの母上と、まったくお揃いのものを」
ユーリは何も言わず、ただ小さく、何度も頷いた。
母を失い、カイルも失いかけ、温かな愛情に触れることがほとんどなくなっていたユーリにとって、紫雲母の首飾りは心の支えだった。ここ数年は威厳に関わると注意されることも増えてきたが、それでも外さなかった。パーティーの場では、豪奢な宝石を重ねることでようやく妥協していた。
けれど、もう、なくてもいいのかもしれない。
「そういえば……イアン様ったら、あの首飾りに何か恨みでもあったのかしら。似たようなデザインで、紫サファイアの首飾りを贈ってきたことがあったわ」
「初耳だな」
「どうでもよかったから、さっさとどこかの令嬢にさしあげてしまっていたわ。今の今まですっかり忘れてたけど」
その無造作な言いぶりに、もしこれを兄が聞いたら、相当ショックを受けるだろうな……とカイルは思う。なんといっても紫サファイアだ。紫雲母とは格が違う。と思うと、一矢報いた気になり、カイルは思わず笑い声が漏らす。
もちろん、すぐに傷口に響いて痛い思いもしたのだが。
「笑わないでよ。本当にその恨みで今日首飾りをちぎられたんだったら、わたくし、ひどい目にあったのよ」
泣き顔のまま、どこかすっきりしたような笑みを浮かべるユーリを見て、カイルは改めて心に誓った。
――もう、二度と離れるものか。
物分かりの良いふりなんかしない。ありがたいことに、彼を遠ざけようとする理屈を振りかざす者たちは、今日という日に、まとめて封じられたはずだ。
「……すまない」
安堵と、緊張の解けた温もりと、想いが通じ合った喜びと――
ユーリの体温を感じながら、カイルは穏やかなまどろみに沈んでいった。
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