第2話:おっさん、TikTokデビュー

リビングがいつもより静かだった。

朝から臭い靴下が飛んでこないだけで、ちょっと安心していた俺は、ソファで二度寝モードに突入しかけていた。


……カシャ。


不穏な音が耳に入る。スマホのシャッター音だ。


「……おっさん、何してんの?」


「うふふ……ちょっとな。最近流行りの“わんわんダンス”の撮影や……」


「何そのさぶいワード」


視線をやると、おっさんはスマホを三脚にセットし、BGMを流している。


──ティッティッティーン♪ わんっ♡


「キモッ!」


「いやいや、これがバズるんや!“ミックス犬Mintの日常”ってアカウント作ってみたんやけどな、まだフォロワー2人なんや。俺と、職場の後輩」


「身内やん。しかも後輩、絶対困ってるやろ!」


おっさんは得意げに俺をソファに乗せ、なぜか後ろから両前足をつかんで上下に揺らし始めた。


「ミント、ジャンプジャンプ〜!」


「やめろやアホ!俺のプライドが踊ってるだけやぞ!」


「大丈夫や。顔はスタンプで隠すから!」


「問題はそこちゃう。全体のダサさや。あと俺の耳のピアスがめっちゃ光って変な反射してるし!」


「それがええ味やねん!」


「おっさん、お前TikTok向いてへん!」


俺はソファから逃げるように飛び降りた。

その瞬間、録画してたスマホが倒れて画面がピシッといった音がした。


「……あっ、画面……」


「ミントの逆鱗に触れた代償やな」


「やっぱインスタにしよかな……」


「そこやない。まずお前のセンスをログアウトしろ」


こうしてまた、おっさんの奇行にツッコミを入れる朝が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る