ホンデホンネハ6割に

雨笠 心音

本音

 この話はフィクションです。 


 2ヶ月前、周りの友達より1年長かった受験勉強を終えた。

 この日々で私は何を得たのか。表面上は夢への切符、実質的にはモラトリアムだろうか。本当はもっと多くのものを手に入れたはずだが、今は言葉にしようとしても、どこかで聞いたことのある借りものでしか表現できない。

 一方で失ったものは比較的、形にしやすい。1年という時間、自由に動く右手。あとは本音、だ。

 この1年で私は本音を見失った。

 私の目指した大学には小論文の入試試験があった。それゆえに、私はこの教科の勉強をしなくてはならなかった。

 「小論文は自分の思ったことを書くものではない」

 現役生の頃に私が小論文を習った先生の言葉だ。小論文で点を取るには相手の欲する内容を察し、書かなくてはいけないというような内容だったと思う。まぁ、半分嘘で半分本当だろう。小論文で本音を書いても点数の取れる人間も一定数いると、私は思っている。だが、私の場合、大半の解答は嘘だった。いや、嘘とはいえない。なんというか、自分の考えではあるのだけれど、本音ではないのだ。

 例えば、問題用紙からある問いが投げかけられる。浮かんだ考えを並べる。仕込んできた浅い知識で、その考えたちを選別する。更に伝わりにくそうなものを消す。採点官に受けそうなものを残す。それを組み立て、書き始める。

 私はこの作業が終わった後、決まって心の中でこう呟く。上手く擬態できた。上手にふつうだ。これで、これでいいのだ。言い聞かせても違和感は消えてくれない。自分の心の輪郭をやすりで削り整えるような、道路に張り出した街路樹の枝を切り落とすような違和感。

 これは受験が終わった今でも心に張り付いたまま、取れない。友達もできて、学びたい分野が学べて、自炊もなんとかこなして、順風満帆な生活の中でも、取れない。この違和感を小説にしようともした。だが、できない。何に対しての違和感、苛立ちなのか、分からない。

 今からここに記していくのは、本音でありたい。少なくとも、6割くらいは。

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