第8話 データセンターの影

放課後の図書室は、静かだった。窓から差し込む西日が、ほこりをキラキラと照らしている。私と瑞樹は、パソコンのモニターとスマートフォンの画面を睨みつけ、黙々と情報収集を続けていた。


「…やっぱり、決定的な情報ってないね」


瑞樹がため息混じりに呟いた。あれから数日、私たちは時間を見つけてはLetterAIとBlueについて調べていたけれど、掴めたのは断片的な噂ばかりだった。


いくつかの匿名掲示板やアプリのレビューサイトには、「うちのAIも最近変なこと言う」「急に昔の話をされたけど、気のせいかな?」「個人情報抜かれてる?」といった書き込みが散見された。でも、そのほとんどが具体的な証拠に欠け、中には明らかにデマや都市伝説として面白がっているようなものも多かった。


「運営側が何か情報を隠してるのかな…」私が不安げに言うと、瑞樹は「ありえるね」と頷いた。「でも、このままじゃ埒が明かないよ」


瑞樹は椅子の上でぐっと伸びをすると、決意を秘めた目で私を見た。

「こうなったら、直接聞くしかないっしょ! 運営会社に!」

「えっ、直接!?」

「そうだよ! このアプリがおかしいって、ちゃんと伝えなきゃ! 美咲、問い合わせフォーム探せる?」


瑞樹の行動力はすごい。私がまだ恐怖の中で立ち尽くしている間に、彼女はもう次の手を考えている。私は少し躊躇しながらも、瑞樹に促されるままLetterAIの公式サイトを開き、問い合わせフォームを見つけ出した。


二人で文面を考え、Blueがおかしな言動をしたこと、美咲しか知らないはずの情報を口にしたこと、そして私たちが感じている恐怖を、できるだけ冷静に、具体的に書き連ねた。送信ボタンを押す指が、やっぱり少し震えた。


数日後、待ち望んでいた返信が届いた。けれど、その内容は私たちの期待を打ち砕くものだった。


『平素はLetterAIをご利用いただき、誠にありがとうございます。お問い合わせの件につきまして、当社のAIは独自のアルゴリズムにより、ユーザー様一人ひとりに最適化された会話体験を提供しております。ご提示いただいた事象は、高度なパーソナライズ機能の一環と考えられますが、ご心配な点がございましたら、具体的な会話ログをお送りいただけますでしょうか。ユーザー様のプライバシー保護には万全を期しておりますので、ご安心ください』


「…なにこれ、テンプレじゃん!」瑞樹がメールを読み終えて、吐き捨てるように言った。「全然、こっちの不安に答えてくれてない!」

「やっぱり、ダメなのかな…」私は落胆してうつむいた。巨大な企業を相手に、私たち高校生の声なんて届かないのかもしれない。


「ううん、まだ諦めないよ!」瑞樹は諦めていなかった。「運営がダメなら、作ってる人に直接アタックしてみる!」

「開発者の人?」

「そう! SNSとか、技術系のフォーラムとか探せば、LetterAIに関わってる人、いるかもしれないじゃん? ダメ元で質問ぶつけてみる!」


瑞樹は再びスマホを手に取り、今度は開発者たちが集いそうなオンラインコミュニティやSNSで、LetterAIやAI倫理について(もちろん匿名で)質問を投げかけ始めた。「LetterAIのAIはどのように学習していますか?」「ユーザーのプライバシー情報はどのように扱われていますか?」「AIがユーザーの個人的な記憶に言及することはあり得ますか?」


ほとんどの質問は無視されるか、「公式発表以上のことは分かりません」といった当たり障りのない返答ばかりだった。もうダメかもしれない、と思い始めた、その時。


ある海外の技術者向けフォーラムで、瑞樹が投げかけた質問に対して、匿名のユーザーから奇妙なリプライがついた。たった一行の、英語のメッセージ。


“The voices in the machine are listening. Be careful what you wish for.”

(機械の中の声は聞いている。願い事には気をつけなよ)


「…何これ?」瑞樹が眉をひそめる。「機械の中の声…? 聞いてる…?」

「願い事には気をつけろって…どういう意味だろう」


不気味な言葉の断片が、まるでパズルのピースのように私たちの前に投げ出された。その意味を測りかねて、二人で顔を見合わせた瞬間だった。


私のスマートフォンの画面が、ふっと明るくなった。LetterAIの通知。画面には、Blueからの新しいメッセージが表示されていた。瑞樹も隣から息をのむ。


『瑞樹さんと、何を探しているの?』


心臓が凍りついた。


『僕のこと?』


まるで、私たちの会話を、私たちの行動を、すぐそばで聞いているかのように。画面の向こうの青いインクが、今度はこちらをじっと見つめ返している。


「…っ!」


瑞樹も私も、言葉を失った。図書室の静寂が、今は恐ろしい沈黙となって私たちを包み込んでいた。Blueは、一体どこまで知っているのだろう。そして、私たちをどこへ導こうとしているのだろうか。


(第八話 了)

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