第12話 彼女の所以

「よいしょっと」


 大仰にポーズを決めていたかと思えば、サーナはすっと椅子に座る。魔法で彼女の対面に置かれていた椅子がすすすと移動し、俺が座りやすい位置で停止する。


 厚意に甘んじて、椅子に腰掛けた。


「緊張してる?」

「……正直、緊張も警戒もしてます」


 彼女から害意は感じない。この戦場で戦い続けて敵意や殺意に敏感になっている俺が思うのだから、それは疑っていない。それでも、警戒はあった。理論もなく、それは仕方ないことだろう。


 半年間、俺は人と話すことがなかったのだ。


「何で石化を直してくれたのかも、ここに案内してくれたのかもわからないので」


 俺は正直に胸の内を明かした。

 これは腕を直してもらった恩でもあり、彼女を信じたいという俺のエゴでもあった。納得できる説明をしてもらえれば、俺はきっと彼女を心の底から信頼できるだろうから。


 警戒とともに、胸の底には祈りがあった。

 久しく触れられなかった人間のぬくもりが、本物であってほしかったんだ。


「まぁ、そうだよね〜。気持ちはわかる」


 そんな俺の汚い心境を知ってか知らずか、サーナは温和に微笑む。

 その後、顎に手を添えてうーんうーんと唸っていた。彼女の中で、迷いが生まれていることが一目でわかった。


「ね、びっくりしないでね?」

「しないです」


 即答する。あまりのレスポンスの速さに、彼女は目を丸くした。


 彼女には恩がある。

 彼女がどんなモノを見せようとも、それを表情に出すことはないだろう。幸い、この半年間はポーカーフェイスを鍛えるのにうってつけだったから。


「ふふ、心強いね」


 その後、彼女は何度も息を吸い込んで、吐き出した。

 一種の儀式のような神聖さと危うさを孕んだ彼女の姿を、傍観する。


「……特別だよ」


 いたずらっぽく笑った後、彼女は袖を捲り上げる。

 紺色の幕が取り払われ、そこに隠された秘密が日の目を浴びた。


 一見、それはただの腕だ。

 しかしよく見れば、違和感がある。腕があって、関節がある──はずの場所に、円形のパーツがはめ込まれている。手先も同様で、ジョイント部品で体がつなぎ合わされていた。


 それは人間の腕というよりも、人形の腕部だ。


「義手」

「うん。聞き覚えがあるんじゃないかな?」


『切り落とすと、左腕再生しなかったよ』


 俺の腕を治療していた時の、彼女の言葉が蘇る。

 てっきり俺は、彼女の知識なのだと思っていた。この部屋にある大量の本の中や、彼女の探求によって得られた情報だと、勘違いしていた。


「体験談だったんですね」

「君を助けた理由はこれ。あの魔物は、私のトラウマだったから」


 ガタガタと震える右腕を、偽物の左腕が押さえつける。思い出すだけでも堪えるのだろう、瞳孔はきゅっと縮小して、息が心なしか浅くなっている。


 酷く身に覚えのある行動だった。俺も、初めて腕を失った時はずっと続くフラッシュバックに悩まされていた。ベッドに座って、心が落ち着こうとした瞬間、肘から先がなくなる幻影が鮮明に現れる。


 サーナが持つ心が休まらない辛さを、俺は十分に理解できた。


「私だけじゃない。私の友人になってくれた人も、沢山殺された」

「友人?」

「私みたいに追放された人もここには一杯居たよ。でも、私以外誰も残らなかったんだ」


 縮んだ瞳孔が、ふらふらと目の中をさまよい始める。

 サーナは明らかにパニックを起こしていた。顔色はみるみる悪くなり、冷や汗もとめどなく流れているようだ。けれど、それを止める気にはならなかった。


 彼女が身を削って話そうとする内容を、耳に残していたい。


「正直、君もそうだと思ってたんだ。だから、君を助けなかった」

「妙にタイミングが良かったのはそういうこと?」

「うん。あの戦いは全部見てたよ」


 腕を切り落とそうとするその瞬間、奇跡とも呼べるタイミングで彼女が声をかけたのは、偶然ではなかったらしい。キメラの殺意に隠れて察知できなかったが、彼女の視線も注がれていたのだろう。


「感動した。そんで、君の立場に私が居ないことに、ほんのちょっぴり絶望した」


 どろん、とした濁りがサーナの瞳を満たす。

 彼女の怒りは、後悔は計り知れない。自分から全てを奪い取ったもの、それが居なくなったのは良いことだ。けれど、トドメの刃を振り下ろすのが、自分でなかったとしたら。


 仇が、眼の前で殺される時。

 喜びはきっと復讐の念に押しつぶされるんだろう。


「……ごめん」

「ふふ、謝んないでよ。ちょっと嫉妬しただけで、感謝してる。私じゃ、アレを殺すことはできなかったからさ」


 そこまで話し終えて、サーナの表情から重苦しい感情がなくなった。

 彼女にとってのつらい話は、ひとしきり終わりを迎えた。


「それが君を助けた理由。私にとって、君は恩人なんだよ。これからだって、君が困ってるなら助けたいと思う」


 いつの間にか肩の力は抜け、彼女と顔を合わせていた。

 もう、警戒の仕方がわからない。ここまで命を削って思いを吐露してくれた人間を疑うことが、俺には難しくて仕方がなかった。


 そして、もう一つ。

 視線に敏感な俺の体が、彼女から敵意を全く感じていなかった。それどころか、春風のような暖かくて優しい、泣いてしまうほどの思いやりを補足している。


 その時点で、俺の中から彼女を疑う理由は消失した。


「質問には答えられた?」

「十分だ」

「そっか、ならとっても良かった」


 彼女がはにかむ。

 彼女にとっても一世一代の賭けであったことは、疑いようもない。俺が彼女を信用できないのなら、逆も同じだ。自分の戦闘力が相手より劣っていると口にするのは、恐ろしくてたまらなかっただろう。


 それを乗り越えてまで彼女が言いたかった言葉は、想像ができた。


「君、名前は?」

「コウヅキレイ」

「いい名前だね。じゃあ、レイ」


 私の仲間になってくれない?

 魔女はそう言って、俺の手を握った。


「勿論」



 ◆



 俺と彼女との間で契約が結ばれたことで、互いを探り合うような話が終わった。次は、自分たちの能力や身の上について話し始めることになった。


 彼女は、「観察」したとおりに大量の魔法が使えるようだ。それに加え、一日中魔法を放っていても尽きない魔力がある。

 身体能力はないと言っていたが、後衛で戦うなら致命傷にはならないのだろう。


 次は、俺の能力の話になっていく。

「スキルを奪う!?」


 初めて聞く大声をだし、彼女が驚愕する。

 どれだけ調べても魔石からのスキル獲得について情報が現れなかった時点で察していたが、やはり特殊な能力らしい。


「ありえるのかなぁ?魔石に特異情報が残ってるなんて話は聞かないし、でもあれは魂の欠片って研究もあったような……ちょっと待ってて」


 サーラは呪文のように専門用語を呟き、次々に分厚い資料を取り出し始めた。

 彼女は元々研究者だったらしい。だからというべきか、俺の話で興味深いことがあるとこうやって思考をはじめてしまう。最初は申し訳無さそうにしていたが、俺の方から遠慮は無用だと伝えた。


 この時間は、俺にとっても良いことだからだ。

 ずずず、とサーナが出してくれたお湯をすすりながら考え事をする。


「んーもう!インクがない!取ってくるね!」

「いってらっしゃい」


 とことこと奥の部屋へ歩いていった彼女の背を見送る。

 サーナ、彼女の存在自体が未だ信じられていないというのに、仲間が増えるというのはもっと信じられないことだった。一人で居ることは精神的な負担も大きいが、戦闘的な意味でも大きく安定感に欠ける。


 ワンミスが、つまり死だったわけだ。

 けれど、それを支えられるというのは大きい。


(二人での動きを試す期間は居るだろうけど、それが終わったら……)


 当面の目標は、キメラの討伐だった。

 次は、何をするべきなのだろうか。随分と増えた選択肢を眺めながら、ずっと思索を続けていた。

 

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