第11話
その夜、とっぷりと暮れた真っ暗な森の奥、タケゾウさんとアタシだけの誰も知らない秘密の別天地にも、初夏の涼しい風がそよそよと渡っていました。
樹木の艶めかしい薫りがする。
アタシは、作り付けのヒノキのお風呂に浸かっていました。
「ああ…いい薫り。 いろんな樹木の若木の成長している匂い? 森の奥にこんな天然の露天風呂があるなんて、ある意味、すごく贅沢の極致かもね! 湯加減もちょうどいい。 うちに帰れなくて淋しいけど、しばらくは環境への適応ね! 起きたことはどうしようもないし、むしろ僥倖と言えばすごい僥倖とも考えられる。 だってねえ、ミヤモトムサシと現実に暮らしているのよ! こんなことって普通に生きてたら絶対ありないもんね」
…例によってクルクルと、アタシの内言は活発に回転していた。
何かの本で、意識が脈々と途切れないのが優性性の発現、みたいなのを読んだことあるなあ…客観的に見たら、アタシって、極めて優性な個体の”α”ってやつかも?
「湯加減はいかがでござるか?」
タケゾウさんが向こうのほうから近寄ってきて、一声かけてくれました。
「ありがとうございます。 ちょうど、体の芯まで温もるお湯加減で、極楽気分よ」
「よかった。 聖子どのは必要なことを過不足なく言うけど、わりと無駄口をたたくのを控えるところもあるよな? だけど、あなたほどに他人の気持ちの忖度が巧みで、怜悧極まりない女にはわしはあったためしがない」
「またあ」 あたしはまた赤面した。「お上手ねえ。お風呂入っているときにへんな褒め方しないで~エッチ」かまととぶって?、ちょっと甘えた声を出してみた…
「これは失礼した。 下心があるわけではござらぬよ」
そういうと、タケゾウさんは呵々大笑して、また小屋のほうに歩き去った…もう!もっともうちょっと話してほしいのに! と、ちょっとアタシはじれました。
少しでも親密になりたい女心をちっともわかっていないんだから、と、ちょっと恨みがましい気分でした。
こんな風に、いつもアタシとタケゾウさんは近づきかけてはすれちがって、まるで太陽だか月だか、そういう天体がぶつかりそうでぶつからない? なんだか隔靴掻痒なヘンないびつな引力関係だった…いつかはもっと親密になれそうな気配やら希望もあるけど、前途遼遠そうでした。
つまりは、アタシも16歳で、恋も人生も初心者。
タケゾウさんだって、22歳で、オンナの経験も浅いらしいから、まだどういう風にふるまっていいかも手探りという状態かもしれません…
<続く>
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