第1章 第1話「死してなお進化する者」

 冷たく湿った夜気のなか、レンは、無傷の身体を起こした。死んだはずの肉体が、何事もなかったかのように動く。

(……本当に、死んだんだよな)

 レンは、腹に手をやった。そこにあるはずの傷も、血も、すでに跡形もなかった。

 だが、違和感は消えない。むしろ、全身を駆け巡る異様な力が、いかにも自分が変わったことを物語っていた。

(……スキル因子。あのとき、異形から……)

 死の瞬間。たしかに感じた。黒い稲妻のような光が、異形種から流れ込み、自らの存在を塗り替えていく感覚を。

 そして、レンは理解した。──これが、《デス・リブート》。死を代償に、敵の能力を取り込み、進化する異能。


◇ ◇ ◇


「グルル……ッ!」

 低い唸り声に、レンは顔を上げた。

 フェンリルドッグたち。

 まだ数体が生き残り、油断なくこちらを取り囲んでいる。

 だが、恐怖はなかった。むしろ──

(試してやる)

 レンは、ナイフを構え直す。意識を集中させると、身体の奥から、かすかな記憶が立ち上がった。フェンリルドッグの──加速スキル。筋肉を瞬間的に収縮・爆発させる異能的な加速運動。レンは、体内に宿ったそれを引き出す。

 スキル模倣【加速】──起動。

 次の瞬間、視界が流れた。レンの身体が、爆発的なスピードで異形たちに迫る。反応する間もなく、最も近い個体の喉笛を突き破った。刃が肉を裂き、骨を断ち、命を奪う。

 一撃必殺。群れがざわめき、混乱する。

 だが、レンは止まらない。そのまま滑り込むと、2体目、3体目と連続して仕留めた。フェンリルドッグたちの動きが、鈍く見えた。いや──レンの知覚が、異常なまでに鋭敏になっているのだ。

 筋肉の動き。関節の可動。跳躍の起点。すべてが、遅れて見える。

(……これが、進化の力)

 レンは無感動に、しかし内心ではたしかな実感を持ってそれを受け止めた。

 最後に残ったのは、1体。──フェンリルドッグ・特異型。通常個体より大型。背には黒い瘴気のようなものを纏っている。

 レンは、わずかに笑った。

(──上等だ)

 ナイフを構え、床を蹴った。──加速、一閃。

 異形種が反応するよりも早く、レンのナイフが、正確に心臓を突き破った。

 呻き声とともに、特異型は崩れ落ちる。残されたのは、静寂だけ。


◇ ◇ ◇


 レンは、ナイフを収め、周囲を見回した。探索隊の仲間たちが、ようやく駆け寄ってきた。だが、彼らの視線は、驚きと恐怖とが入り混じった複雑なものだった。

 それも当然だ。たったひとりで、フェンリルドッグの群れを殲滅したのだから。

(……どうでもいい)

 レンは、彼らに背を向ける。今や、自分は別の存在になった。

 死を喰らい、進化する者。生半可な覚醒者では、もう――並び立てない。

(――まだ、足りない)

 レンは、静かに空を仰いだ。闇の彼方に、次なる戦いの予感を感じながら。

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