🌿【夏の章】

第7話 「青海波文様 🌊 波を越えて」

「青海波に込めたのは、果てなき平穏と、遠くへ続く願い。」 🌊


朝焼けに染まる港町。

潮風が石畳をなで、遠くにカモメの声が響く。


波止場には、一隻の白い船が静かに佇んでいた。

甲板には、青い布がかけられている。

その布には、青海波文様――小さな波が無限に続く模様が、柔らかく描かれていた。


「これを、持って行きなさい。」


老船大工のカンジは、若者にその布を手渡した。

少年の名は、ユウト。

今日、彼は初めて、ふるさとの港を離れ、広い海へと旅立つ。


「青海波はな、平穏無事に航海できるようにって願いが込められてるんだ。」


カンジの声は、潮風に溶けるように低く響いた。


ユウトは、しっかりと布を抱きしめた。

その中には、見えないけれど確かに、たくさんの思いが詰まっている気がした。


「……怖くないって言ったら、嘘になります。」


ユウトは正直に言った。

どこへ向かうのかも、何が待っているのかも分からない。

海は優しくもあり、残酷でもあると知っている。


それでも――

胸の奥で、何かが強く震えていた。


「怖くていいさ。」


カンジは、くしゃりと笑った。


「波はな、静かなときばかりじゃない。

時には荒れる。時には呑み込まれそうになる。

それでも、越えた先には、新しい世界が待ってる。」


ユウトは、ぐっと拳を握った。

遠く、船の汽笛が鳴った。

出港の時だ。


「行ってきます。」


「行ってこい。」


カンジは、静かに背を押した。

青海波の布を胸に抱えたユウトは、一歩ずつ、船へと向かう。


空には、まだ見ぬ海へ続く、無数の波模様が広がっているようだった。🌊


航海の先に、どんな未来が待っているのか。

それは、まだ誰にも分からない。

けれど、たしかに――

新しい旅が、今、始まろうとしていた。


📖【この話に登場した文様】

■ 青海波文様(せいがいはもんよう)


由来:広い海の波を象った文様。雅楽の舞曲『青海波』にちなんで名づけられた


意味:穏やかな暮らし、永遠の平和、未来へ続く希望

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