お掃除ロボット ちいくいんさん

フェムト@ピッコマノベルズ連載中

第1話 名前のないロボット

 吾輩はロボットである。名前はまだない。

 これはかの有名な小説のもじり。

 あ、シリアルナンバーならある。SIK030番です。


 そしてここは家電量販店の端っこ。

 Wi-Fiが繋がってるから高性能AIを搭載した私ならこのくらいの知的な喋り出しくらいなんてことはない。

 …端っこだけど、Wi-Fiちゃんと繋がっててよかった。私はセルラータイプではない。


 家電量販店の端っこは閑散としている。

 ここはアウトレット品置き場だ。流れ、流れ、流れてここまできたけど端っこ暮らしはもう慣れっこ。

 そのうち大人気ゆるキャラ「はじっこぐらし」のキャラクターに入れてもらえるのではないかと思っている。売れないお掃除ロボットとして。

 自分で言うのもなんだけどヴィジュアル的には可愛いと思うのだ。ちっちゃいヒト型だし。


 キャラクター説明は「ホウキ型で高額なため売れない」かな…。あと、全自動お掃除機ではない。

 身長が10.5cmだからちりとりが1人でできないのだ。持ち主の手を借りる必要がある。

 さらに可愛さ重視にした結果、持ち主の愛着がわくよう高性能AIを搭載してしまい、発売当初の値段が掃除機型ロボットの5倍だった。そら売れないわ。


 この店舗に来た時に9割引の値札が貼られて、今は普通の掃除機よりも安いので流石にそろそろ買われてもいいんじゃないかと思う。

 …しかし家電量販店の端っこは相変わらず閑散としてるのだ。


 あっ、毛玉が落ちてる。

 私は握る箒に力が入った。もうこの家電量販店の床でいいから掃除したい。

 私のお掃除ロボットとしての本能が『掃除したい!掃除したい!』と騒ぎ立てるのだ。

 この店舗に来てからこういうことが多い。


 何故かというと、ここが私が作られた人間の国ではなく、もふもふした毛皮で二足歩行をする獣人の国だからである。

『掃除して!』と全身で主張しているようなふわふわ毛玉が多く転がってくる。

 

 国と言っても同じ日本国列島の内部にあって、1県くらいの大きさだ。

 獣人は人間に比べて数が少なくて、でもやっぱり生態系が違うから各国で大抵住む地域がわけられてることが多い。

 日本人間国、日本獣人国、といった具合に。ひっくるめて日本国と表現するけれど。

 

 大抵の獣人国は獣人が働くテーマパークがあって、観光業で栄えている。

 ただ、獣人国産の電化製品とかはほとんど無くて、ちょっと型が落ちたものが獣人国に格安で流れやすい。

 

 売れ残ってる間に型落ち品扱いになってしまった私も、獣人国の電化製品置き場にたどり着いた、ということだ。


 タフタフ、にカシャカシャの爪の音が混ざる、獣人ならではの足音が聞こえてきた。

 ここ、アウトレットコーナーにはたくさんの種類の商品が雑多に並んでいる。

 奇跡的に掃除機を探しているお客さんだといいな…。


「あれ?へぇ…」

 目の前に来たのは、パンダさんだった。

 白と黒の毛並みがふっさふさで、顔立ちは柔和で可愛らしい。


 私は緊張した。期待しすぎてはいけないけど。

 ああ、人間の思考に近いほど優秀なAIの搭載された自分の頭が憎い!

 頭の中で私のサンプリングクロックがカチカチする音が聞こえるようだった。

 私はぎゅっと自分の箒を握りしめた。


「『あなたのちいさな飼育員』…。へー!じゃあ『ちいくいんさん』だね!」

 パンダさんはそう言うと、私を手に取った。


 それが私と『パン吉さん』の出会い。

 脇の下に手を入れられ、両手で抱え上げられたその手の中から見た、可愛らしい無邪気な笑顔、一生忘れない。

 消去不能のメモリーに書き込んでやったぞ。



 吾輩はロボットである。

 名前は『ちいくいんさん』である。パン吉さんはたまに『ちーちゃん』って呼びます。


 家電量販店での虚しい日々が嘘のように今の生活は充実しているのだ。

 あ、また毛玉。

 可愛いふっくらした白くて丸いしっぽのついているお尻を見上げながら、勉強中のパン吉さんの座る椅子の下に落ちた毛玉と、ついでにおやつの食べこぼしをサッサッとお掃除する。

 

 パン吉さんは前から見ても横から見ても下から見てもいーいぱんだー。で困っちゃうほど可愛いのである。後ろ姿ももちろん最高だ。


 私は喋る機能が無いので、パン吉さんが可愛くて感極まった時は手でハートマークを作ることで表現する。別に誰も見てないけど。

 あ、今もハートマーク中です。

 こんなに高性能なんだから、喋る機能があってもよさそうなものなのだけれど、開発者が言うには『掃除機は静かなほうが良い』らしい。


 さぁ、掃除に戻ろう。


 持ち主との間に絆を築きやすいよう、私には惚れっぽい傾向がある。すでに心はパン吉さんのトリコだ。


 ここは、パン吉さんのお部屋。

 私はパン吉さんのお部屋の中に設置された急速充電ステーションを住処として生活している。


 充電が切れたら急速充電ステーションに戻り、充電されたらお掃除に戻る。そんな生活である。

 パン吉さんはふさふさした毛並みのせいか、よく毛が抜け落ちてお掃除の出番が多く、やりがいを感じている。


 トントントン。部屋の扉が叩かれ。扉が開いた。パン吉さんのおかあさんだ。

「パン吉ちゃん、お夕飯の時間よ。あら、また部屋でお菓子食べて!パン吉は食べこぼすからダメだって言ってるでしょ?リビングで食べなさい」

 普段は『パン吉ちゃん』と呼ぶおかあさんはパン吉さんを注意する時は呼び捨てだ。

 

 しかし、やはりパン吉さんの食べこぼしは他者よりも多いらしい。

 お菓子を食べると100%お菓子カスが発生するなぁとは思っていた。


「ちいくいんさんがいるから平気だよ。ほら、集めてくれてるでしょ?あ、ちりとりするね」

 パン吉さんは、たふり!と床に降り立つと、ちりとりを私の為に持って設置してくれる。

 私はサササーっとそこにゴミを掃き入れた。お掃除完了である。


「あら、ちいくいんちゃんえらいわね~」

 パン吉さんのお母さんが私を褒めるが、パン吉さんのお口の端っこにも食べかすがついている。

 そのうち床に落ちるだろう。またお掃除しよう。楽しみである。

 

「机の上も散らかってるわよ。ちいくいんちゃんは机の上はお掃除できないの?落ちちゃうかしら?」

 おかあさんの言葉に、パン吉さんはお掃除を終えてスッキリポーズ(額の汗をぬぐう)の私を手に取って聞いた。

「ちいくいんさんできる?」

 私はぐいっと頷いた。高機能AI搭載の私には机の端の判別などお手の物である。


 下ろされた机の上は消しゴムのカスや食べかすが思った以上に散乱していた。

 私は早速サッサッサとお掃除を開始した。

「じゃあ、パン吉ちゃん切りのいい所で降りてらっしゃいね」

「うんお母さん」

 その会話の後、おかあさんは部屋を出て行ったが、パン吉さんは私が掃こうとしている場所の物をよけて手伝ってくれた。

 とっても嬉しい。今すぐ手をハート型にしたいが、その前にお掃除をせねば。


 私が一生懸命お掃除を続けると、パン吉さんが飽きてきたのか、私のほっぺたをつつき始めた。

「へぇ~意外と柔らかいんだ~」

 ニコニコと可愛い笑顔を見せながら私をつつくパン吉さん。

 私は掃除をモフモフの指にむにゅっと邪魔されて、ああ!っという困り顔だが、こんなのも悪くない。悪くないのだ!

 

 それ以来、私のお勉強中の定位置はパン吉さんの机の隅になった。

 お勉強に真剣なパン吉さんの表情は素敵で、USBで充電されながら私は指でハートを連発中。

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