異世界花物語

龍野 隷香

サクラ舞い 散り 喰む  上

 とある島国には八百万やおよろずの神々やそれに類するものがすんでいた

 これは、とある島国のとある村を中心に織りなす物語だ...


 時は現代よりさかのぼり...神代しんだいより人代しんだいへうつろう頃、科学という緩やかな滅びからは程遠く存在の不確かなモノが世界中にとけて自身の理で満たしている祝福と呪いの時代。そこでは人と人成らざるモノが混じり合い、交ざり合いながら争いを繰り広げていた。


 場面は移ろい・・・ここは名のない村

 度々の戦により若い男手は減り続け貧しさと日照りによる不作で生贄を神のいる山に捧げ豊作を祈る、時代を考えると特に目新しくもないありふれた村だ。

 ただ少し他と違う所があるとするなら...その山にいるのは最古の神の一柱であり、捧げられた生贄が鮮血の如き紅色の髪を持つ乙女だという事だ。

 この国では血を想起させる紅色は忌み嫌われていると同時に神聖視されている。それ故に、この村に住む鮮血の如き紅色の髪を持つ乙女も神への神聖な供物として捧げられようとしていた...


「いつ見てもこの山は不気味じゃのう。神様のおわす山とはいえこの血の様な色、近づきたくないものよ」


 海老の様に折れ曲がった腰を木の杖で支えながら歩く年老いた男性は気味が悪そうにしながら乙女を山へ連れて歩いていた


「村長わざわざ着いてきて下さりありがとうございます。私などの為にお手を煩わせてすみません」


「礼も謝罪もいらんわ、おぬしを神への供物として捧げるのじゃぞ、これから死ぬというのに怖くないのか」


 村長と呼ばれた男性は乙女の礼も謝罪も受け入れず、そんな態度の乙女を不思議に思った。

 乙女は少し考えるそぶりを見せてからぽつぽつと話し始めた...


「私をここまで育ててくれた両親には感謝しています。こんな不気味な髪で村人たちから疎まれている私を愛してくれた...父は私が幼い頃に戦に駆り出され帰ってきたのはこの髪飾りだけ、母は女手ひとつで育てて去年流行り病で死んでしまいました。」


「去年の流行り病はひどかったのぅ、村人の四半数が亡くなった。わしの様な年寄りも幼い子供もたくさん亡くなり、戦で男手が減り、不作で村人が減る、この村ももう長くはもたぬな」


 村長は村の今後を憂いながら歩く、しばらく無言で歩き進むと血の様に赤い樹々が生い茂る山に着いた

 近くで見ると、この赤い樹は全体が血の様に赤いわけでは無く、根本はガサガサとひび割れたような赤こげ茶色、幹の下の方は所々瘡蓋かさぶたの様な赤茶色、幹の上にいくにつれて赤みを増し凹凸も減っていき深紅色へと移り変わる、枝は曼殊沙華の様な不気味な色になり、葉は紅碧の葉脈が流れる笹紅色、零れ落ちる様に鈴生りになっている蕾は開花する気配は無くまるでルベライトの様に煌めいている


「さぁ着いたぞ、わしはここまでじゃ。後はこのケモノ道を辿って山頂まで向かうのじゃ、そこに神様がおる」


「ありがとうございます。村長も今までお世話になりました、あと私は怖くありませんよ、大切なものはすべて失い残るはこの身一つ、皆さんに恨みはありません...ある筈ない、恨みを持つほど関わりが無いですし興味もない」


「...そうか」


 村長はポトリと一言溢こぼすとトボトボと村へ帰っていった。

 乙女はそれをしばらく見送り、振り返り血の様な樹々を見つめると、息を一つ吐きケモノ道を上り始めた。

 乙女は自身の鮮血の如き紅色の髪を軽く撫で髪飾りを触り、ひたすらに山道を上り一刻程経った頃、山頂に着くと古びたやしろと一際大きな赤色の樹があった。

 大きな赤い樹の足元には人影の様なものがあり、その存在が最初から乙女の気配に気が付いていたかのように、こちらにやってきた。


「そこの者、何者だ!」


「あっあの...私は麓の村に住んでいた者です。この度この山に住まう神様への供物として捧げられに来ました、貴方様はこの地に住まう最古の神なのでしょうか?」


 乙女は突然現れたように見えた人影に少し戸惑いながらも問いかけた。

 その人影はどこか人間離れしているような雰囲気を漂わせていた、がそれもそのはずその人影の頭には鹿を思わせる角が生えていたのだから。


「ふぅむ...最古かどうかは分らんが、この辺りの中じゃあ最も古いと言われているな」


「では、貴方様がそうなのですね。言い伝えでは祟り神とされていたのでもっと恐ろしい見た目なのかと思ってました。でも貴方様はここの樹々の様に綺麗な角をお持ちで、優しい眼差しをしていますね。森の樹々を写し取った様な血の様に赤い宝石の如き角、全てを見通す様な虚ろに透き通る瞳、絹の様な白い肌、夜の大地を吸い上げたような着物姿、少し怖かったのですが貴方様になら食べられても良い...そう思いました」


 乙女の言葉を聞いて、人影こと最古の神は最初こそ少し気恥ずかしそうに微笑みながらも、最後の言葉に耳を疑うかの様に驚いた表情を見せた。

 最古の神は乙女の言葉をゆっくりとかみ砕き、嚥下して、言い聞かせるように言葉を紡いだ


「覚悟を決めた所すまぬが、儂は人は食わぬぞ...というより肉は食えん」


「えっ...ぁあのっ!...ッえ?ホンとに...」


「あぁ、本当だ。儂の角をよく見てみろ、鹿だろう?つまり草食系だよ」


「ぁ...確かに、でも!...村に戻るわけにはいかないんです!」

「戻っても居場所がありません、両親は既に亡く、私の鮮血の如き紅色の髪はこの国では生きにくいですから」


「ふむ...昔と随分価値観が変わっておるのだな、まだこの辺りに人間が住み始めたばかりの頃は地の底を流れる燃え盛る赤い海には神が宿るとされて、そこから転じて赤い髪を持つ者を大地の力を宿した神子みことして崇めていたのだが、今では生贄か...」


 最古の神はつい昨日の事を思い出す様なそぶりで、人間にとって途轍もなく昔の事を話した

 この国では時折メラニン色素では説明の出来ない髪色を持って生まれる者たちがいる。神子みこという言葉通り土地に宿る神の因子を身に宿して生まれ、神子かみこと呼び、土地神との橋渡し役を担っていた

 神子みこの中でも中でも特に因子の濃い者は、その地の神にまつわる不思議な力が使えると言われたいる


「まぁ...帰れないのなら仕方ないな、儂と一緒に暮らそう。おぬしはそれでよいか?」


「えっ、あっあの...いきなり求婚されても困ります、そういうのはお互いをもっと理解してからの方が嬉しいと言いますか...貴方様にならいきなり言われても嬉しいと言いますか...」


「むぅ?...あっいや、そういう意味ではなくて、この山に住める所はこの社しかない故致し方なく...」


 乙女は神からの求婚ともとれる言葉に動揺して変なことを言っていた、食べられに来た相手にいきなり求婚されれば誰でも驚く事だろう


「不束者ですがこれから末永くよろしくお願いします」


「うむ、こちらこそ末永くよろしく頼む」



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