邪魔しないで、と人形は言った
阿良春季
邪魔しないで、と人形は言った
Aは小学生の頃、幼い妹を亡くした。
家族で大型ショッピングセンターに来ていた時である。
両親は買い物、Aはソフトクリームを食べていた妹と共にベンチにいた。
そんな折Aは尿意を催したそうだ。しかし男トイレに幼いとは言え妹を連れて行くのは憚られたし、しかもソフトクリームを食べている。しかし我慢も限界だ。
Aは妹に「すぐ帰ってくるから絶対ここにいて」と告げてダッシュでトイレに駆け込んだ。
幸いトイレは空いていて、5分もしない内にAは戻って来ることが出来たそうだ。
なのに妹はベンチにいなかった。
あちこち探した結果、妹は見知らぬ男に無理矢理抱き抱えられて連れて行かれ、駐車場に置き去りにされたそうだ。
パニックで泣きながら妹は店内へと戻ろうとしたところ、高齢者の運転する車に撥ねられた。
Aのせいである。とは両親は責めなかった。
元はと言えば混雑したショッピングセンターで小学生の兄と幼稚園児の妹を置き去りにして買い物に行った親の責任である。
見知らぬ男は自分の娘と間違えたことに気付いて駐車場に下ろした。誘拐犯に間違われると大変だと思った、とニヤニヤしながら答えた。
高齢ドライバーは認知症の振りなのかそれとも本当にそうなのか、要領の得ない受け答えをするばかりだった。
だからAは悪くない。
けれどAは自分を責めた。
そうして妹を亡くしてから三年が過ぎたある日、Aの家に妹が戻ってきたと言う。
これは私の友だちの友達の話なんだけどね。
そうやって妹を亡くしたAだったけど、ある日から随分明るくなったんだって。
「どうしたん、最近いいことあった?」
と聞いたら妹が帰ってきたって言うの。
でも妹は亡くなっているし。
不気味だとは思うけど怖いもの見たさでその人他の友だち数名を連れて、Aの家に行ったそう。
休日だったからリビングには両親もいて、そしてそのリビングのソファ、くつろぐ両親の間には、なんか気持ち悪い人形がいたんだって。
ホラー映画の「チャッキー」って人形いるじゃん。まさにあんな感じの人形だよ。
顔つきも凶悪で、友人たちを睨みつけてる感じがしたんだって。でも、
「ほらこれが妹だよ」
ってAが当然みたいな顔で紹介するもんだから友だちもぎこちなく「あー、はじめましてー」みたいな感じで挨拶したものの、適当な理由をつけて、さっさと帰ったんだって。
だって絶対妹ではないわけじゃん。
それもよりによってあんな悪霊みたいな顔した人形を妹扱いするのってどう考えてもおかしいじゃない。
でもお前の妹悪霊じゃないか、とは言えない。
だから友だちはしばらく様子見していたそう。
その何ヶ月後。友だちの一人が学校を休んだAにプリントを渡しに行くためAの家に行くことになった。
人形のことがあったので家には上がらず、そっとプリントを郵便受けに突っ込んで帰ろうかとしたのだが、運悪くAの母に見つかってしまった。
「ちょうどゼリーが出来たの! 食べていって!」
断りきれずに家の中に入ると「チャッキー」人形はいなかった。代わりに柔和な笑顔と真新しいワンピースを着た人形がいたそうだ。
髪も丁寧にブラッシングされた人形は一瞬別の人形かと思ったが、顔の作りや大きさからしてあの「チャッキー」に間違いない。
Aは自室で寝込んでいるそうだ。
母親がお茶の支度をしている間、友だちは勇敢にもチャッキー人形に近づき、まじまじと見つめたらしい。
すると人形は突然友だちの方を向いた。
腰を抜かしかける彼に向かって人形はこう言った。
「いま幸せなの、邪魔しないで」
邪魔しないで、と人形は言った 阿良春季 @inari_no_bell
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