第4話 彼女との帰り道
一年生二人は一足先に帰っていたが、私と久遠さんは部室に二人残っていた。
「新歓公演は久遠さんのおかげで大成功に終わったけれど……」
「橘さんの脚本のおかげだよ」
久遠さんは柔らかく微笑み、すました顔で言う。
「え、えへへへ……」
なんかこそばゆく、顔が熱くなる。一年生の前ではどうしても先輩らしく振舞おうと肩肘を張ってしまうけれど、久遠さんと話す時は楽だ。
「6月の文化祭公演と言うともう2ヶ月もない。あの二人も参加させるつもり?」
「うん。できる限り。確かに時間は少ないけれど、演劇の楽しさを知ってもらいたいから」
舞台に立ったときの高揚感。あれは実際に、自分で演技をしない限り味わえないものだと思う。と、そこで私は久遠さんの方を見やる。
「あ……も、もしかして……」
私は言葉を詰まらせた。もしかして、久遠さんは一緒の舞台に立つのが嫌だったろうか。私自身、人のことをとやかく言える立場ではないけれど、久遠さんと新入生の演技はあまりにも差がある。久遠さんが上手過ぎて浮いてしまうのだ。
(実際……大会での結果だけを目指すのなら、久遠さん一人の演劇がいいと思う)
高校演劇の世界では、たった一人の役者による演劇が全国大会で優勝することもある。少人数の演劇にも、それなりの強さと魅力がある。
私は久遠さんの方を見たけれど、彼女は穏やかな表情を浮かべていた。
「安心した。橘さんが彼女たちを舞台に立たせるつもりで」
「え……」
「ただ上手いだけの演劇を観るなら、プロの公演を見ればいい。設備も技術も比べ物にならない。橘さんだってそう思うんじゃない?」
「うん。でも……」
「そうしない理由が高校演劇にはある」
久遠さんの言葉に、私は大きく頷いた。私たちが今、この時間、この場所でしか作れない演劇がある。それを新入生にも知ってもらえれば、嬉しいなって思う。
「ハードルは高いけれどね」
「そ、それはね……」私は思わず苦笑いしてしまう。
「期待してる、橘部長」
彼女はそう言って、私の肩を軽くたたいた。
「う、うん。任せて!」
下校時刻を告げるチャイムが鳴った。文化祭用の脚本も考えなきゃ――そんなことを思いながら、私たちは駐輪場へ。
校門まで自転車を引いていく中、私は自分よりも頭一つ分高い久遠さんを見る。端整で綺麗な横顔。校内を歩いていれば、否が応でも目立つ容姿だ。実際、新歓公演の反響は新入生の間では大きかったと聞く。本当かどうかは知らないけれど、こっそり久遠さんのファンクラブもできたとか……。
「? 何か私の顔、ついてる?」
「あ、い、いや! ううん!」
見ていたと気付かれたのが恥ずかしくて、私は首をぶんぶんと振って否定した。
(……やっぱり綺麗だな、久遠さん)
久遠さんは私と同学年の二年生だ。でも、私はこんなに目立つ久遠さんのことを、空き教室で会うまで知らなかった。なんでも、久遠さんは授業は全部リモートで済ませており、登校はほとんどしていないらしい。私が初めて会った日は、教師と面談が会ったのだという。今も久遠さんはリモート授業だから、放課後は演劇部のために学校に来てくれている。
久遠さんの家は私とは反対方向だ。いつも校門の前で別れることにしている。
「それじゃあ橘さん、また明日」
「あ、うん!また明日……」
ぐう、と私のお腹が変な音を立てる。
「わ、ご、ごめん……」
「謝られるようなことじゃないけれど」
「あはは、なんかお腹空いちゃった。帰りにコンビニで何か買おうかな……」
と言ったところで、今日はお父さんがかなり気合を入れてシチューを作ると言っていたことを思い出す。今ここで食べたら夕飯に響くかもしれない。
久遠さんは私をじっと見つめていた。
「く、久遠さん……どうしたの?」
「コンビニ……買い食いってこと?」
「あ……」
「私は買い食いしたことない」
どきっとした。校則上、帰りの買い食いは禁止になっている。もしかして久遠さん、そのことを注意するつもりだろうか。高速や規則とか厳しそうだし。
「橘さん。……私もしたい」
「ご、ごめん。そんなことはしな……って、え?」
久遠さんはじっと、私を真剣な目で見つめて言った。
「私も買い食い、してみたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます