第六話:奇妙な師弟と深まる絆
バルガスとの奇妙な共同生活が始まって、数日が過ぎた。
最初は互いに距離を測り、どこかぎこちなかった空気も、少しずつだが和らいできていた。俺の住処である洞穴は、もはや俺一人のものではなく、傷ついた獣人戦士と知識欲旺盛な少年が共に暮らす、不思議な空間となっていた。
バルガスの傷は、俺が錬成した軟膏の効果もあってか、驚くほどの速さで回復に向かっていた。彼は毎日、自分の腕の変化を信じられないといった顔で見つめ、その度に俺に胡散臭そうな、それでいて感心したような視線を送ってくるのだった。
「…本当に、お前のその力は何なんだろうな。教団の秘蹟でも、ここまで早く傷が塞がることは滅多にないぞ」
「さあね。俺にも分からない」
俺は素っ気なく答えながら、新たに採取してきた鉱石の分析に没頭していた。前世の知識によれば、これは鉄鉱石の一種のはずだ。精錬すれば、より頑丈な道具や武器が作れるかもしれない。
《理解》――鉱石の組成情報が流れ込む。鉄、酸素、ケイ素…そして、未知の微量元素。マナとの親和性が高い…?
「…っ」
情報奔流の副作用である頭痛に顔をしかめていると、バルガスが心配そうに声をかけてきた。
「おい、大丈夫か? その力を使うと、いつもそんなに苦しそうだな」
「問題ない。慣れてる」
強がってはみるものの、この呪いが厄介なものであることに変わりはない。バルガスにはまだ話していないが、いつかは向き合わなければならない問題だ。
日中、俺は食料調達や錬金術の研究に時間を費やし、バルガスは洞穴の周りで軽い鍛錬をしたり、俺が集めてきた薪を割ったりして過ごした。動けるようになった彼は、俺のサバイバル技術…特に効率的な罠の設置や、錬金術を使った食料の保存方法などに舌を巻いていた。
「お前、本当に子供か? 俺が騎士団で習ったサバイバル術より、よっぽど実践的だぞ」
「必要に迫られれば、誰だって覚えるさ」
そんなやり取りにも慣れてきた頃、バルガスが意外な提案をしてきた。
「アッシュ、お前に少し護身術を教えてやろう」
「護身術?」
「ああ。お前はその妙な力を持っているが、いざという時に体を動かせなければ意味がないだろう。それに、外の世界はいつ危険に襲われるか分からんからな」
彼の言うことにも一理ある。錬金術は強力だが、発動には集中力と時間が必要だ。不意を突かれれば、何もできずにやられる可能性もある。
「…分かった。教えてくれ」
それから毎日、洞穴の前の開けた場所で、バルガスによる訓練が始まった。基本的な体捌き、受け身、そして木剣を使った簡単な剣術。元騎士だけあって、彼の指導は的確で分かりやすかった。
俺は持ち前の分析力と記憶力で、動きそのものはすぐに覚えることができた。だが、実践となると話は別だ。体力も筋力も圧倒的に足りない。バルガスに軽くあしらわれ、何度も地面に転がされる。
「くそっ…!」
「ははっ、まだまだだな、アッシュ! 頭で理解するだけじゃなく、体に叩き込むんだ!」
悔しいが、バルガスの言う通りだ。知識だけでは、本当の力にはならない。この訓練は、俺にとって新たな課題を与えてくれた。
夜、焚き火を囲んで食事をしながら、様々な話をした。バルガスは追われる身になった詳しい理由はまだ話さなかったが、騎士団時代の話や、旅で訪れた街の様子などを語ってくれた。彼の話は、俺が壁に描いた世界地図を少しずつ詳細なものにしていく。
俺もまた、自分の能力について、少しずつ彼に話した。等価交換の原則、錬成に必要な要素、そして失敗した時のリスク。呪いのことは伏せたままだったが、バルガスはこの力の危険性と可能性を真剣に受け止め、時には鋭い質問を投げかけてきた。
「その力で、武器や防具も作れるのか?」
「理論上は可能だと思う。だけど、複雑なものを作るには、正確な知識と大量のマナ、それに精神力が必要になる。今の俺にはまだ難しい」
「…便利な力だが、扱いを間違えれば身を滅ぼす諸刃の剣、か」
彼は俺の力を正しく理解しようとしてくれているようだった。それは、俺にとって少し意外で、そして心地よい感覚だった。
ある夜のこと、洞穴の外でガサガサと不審な物音がした。
「…!」
俺とバルガスは同時に顔を見合わせ、息を潜める。バルガスは素早く剣を手に取り、俺はいつでも錬金術を発動できるよう意識を集中させた。
入り口から覗き込んできたのは、ギラリと光る赤い目。体長1メートルほどの、猪に似た小型の魔獣だった。おそらく、洞穴の中の食料の匂いに釣られてきたのだろう。
「『ロックボア』か…! しつこい奴らだ」
バルガスが低い声で言う。彼はまだ万全ではない。俺がやるしかない。
俺は咄嗟に足元の小石をいくつか拾い上げ、意識を集中する。
《理解》《分解》《再構築》―――閃光!
「くらえっ!」
錬成したのは単純な閃光弾だ。強い光と音で、相手の目を眩ませ、怯ませる。
ギャイン!と短い悲鳴を上げ、ロックボアが怯んだ隙に、バルガスが素早く前に出て剣で追い払った。魔獣は慌てて闇の中へと逃げていく。
「…ふう、助かったぜ、アッシュ。咄嗟にあんなことができるとはな」
「たいしたことない。驚かせただけだ」
二人で協力して危機を乗り越えたことで、俺たちの間には以前よりも確かな信頼感が芽生えたように感じられた。彼は俺の力を認め、俺は彼の経験と実力を頼りにする。奇妙な師弟であり、相棒のような関係が築かれつつあった。
バルガスの傷は、もうほとんど塞がっていた。彼がこの洞穴を出ていく日も近いだろう。
そのことを考えると、胸の奥が少しだけ寂しくなるのを、俺は自覚していた。七年間の孤独の後、ようやく得た他者との繋がり。それがまた失われるかもしれないという不安。
(これから、どうする…?)
バルガスは、俺を外の世界へ連れて行ってくれるだろうか? それとも、俺はまた一人で、この森で生きていくのだろうか?
答えの出ない問いを抱えながら、俺は錬金術で明かりを調整し、壁に新たな数式を書き込み始めた。バルガスが隣で静かに剣の手入れをしている。
洞穴の中には、以前とは違う、確かな「生活」の気配が満ちていた。それがいつまで続くのかは分からない。だが、今はまだ、この奇妙で穏やかな時間が続いてほしいと、柄にもなく願っている自分がいた。
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