Episode 038 その青いナイフに。


 ――あの日の光景が、また過る。



 リンダの脳内を借りて、僕は見る……


 ナイフの冷たい刃が腹部を刺し、黒い影の震える手が僕を捉えていた。そして僕はイカロスのように、屋上の片隅から舞い散った。光が消えた瞬間、僕は何を感じた?


 その答えを知るため、僕は今もリンダの脳内を彷徨っているのかもしれない。


 黒い影の悲しい目。


 それは刺された時の痛みを思い出させる。痛みを感じない姿のない僕に、記憶だけがそのナイフの刃先のように鋭く残っているようだ。


 そもそも僕が創作を始めた理由は何だったのだろうか?


 今なら、その問いに答えられそうな気がする。僕が〝僕という存在〟を捜すため。リンダと共に物語という航海を始めたのは、その答えを探すためだった。……まだ完全な答えに辿り着いていないけど、いずれ見つけ出せると信じている。



 体育館ではアンたちがバスケットボ―ルの練習に励んでいた。


 その激しい動きと連携は、リンダの目を通して見ると、セゾン号が改造を施され、試運転を行っているかのように映った。


 アンの素早い動きの中には、何処か焦りのような感情が見え隠れしていた。それでもその動きは、未来を切り開く手応えを示しているように思えた。


 僕がふと目を向けると、リンダが静かにスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせていた。


 その絵に浮かび上がる青いナイフ。そして赤い光が影を切り裂く瞬間。僕はその絵が何を意味しているのかを知らない。けど、絵に込められた赤い光は、〝彼女〟の涙と重なり合うようだった。まるで、僕がその光に誘われているかのように感じた。



 体育館の片隅では、くれない初子はつこが設計図を広げ、チームに指示を出している。彼女の背中には、かつての迷いや後悔が、薄く影を落としているように見えた。その姿を見ながら、僕の中にある確信が沸き上がった。――僕は、真実を見つけなければならない。



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