Episode 037 その暗闇の声と響く鼓動。


 ――僕の目の前には、激しい練習を繰り返す仲間たちの姿があった。



 けれども、これは単なるバスケットボールの練習ではない。彼女らの姿は、まるでセゾン号の乗組員たちが秘密基地で、新たな未来の準備をしているかのようだった。


 アンがボールを持つ度に走り抜ける姿は、戦場を駆け抜ける最速の機体そのものだ。彼女の熱意と焦りが入り混じった動きは、何処か不安定で、それでも輝きを放っている。


 でも、僕の心には拭い去れない闇があった。


 いや、日に日に肥大しているように思える。


 あの『ナイフを持った黒い影』の姿が、幾度も脳内を過っていた。


 ……リンダが机の隅でスケッチブックを開き、何かに集中している。僕は彼女の描く線に引き込まれるかのように、その近くへ歩み寄った。描かれていたのは、暗闇に浮かぶ影の姿。あの特徴的な姿を見た瞬間、僕の足元からサーッと上昇するような感覚が走った。


『その絵……リンダ、それは何だ?』


 リンダは顔を上げ、静かに答える……


『夢の中で見たの、黒い影……その人が旧号きゅうごうのことを見詰めてた』


 僕の鼓動が高まる。リンダの心臓を借りて。まるで、その黒い影が、今すぐこの場所に現れるかのような錯覚に陥りそうだった。そしてリンダの言葉が……


『女性だったの。旧号を見詰めるその人の目には、哀しみが滲んでた』


 と、その言葉は、さらに僕を突き刺した。


 黙り込むしかなかった。あの黒い影は……誰だったのか? なぜ僕を刺したのか?


 そして――彼女が何を望んでいたのか?


 体育館の隅では、くれない初子はつこがアーマード・セゾンの設計図を広げ、仲間たちに指示を出していた。彼女は僕に気付くと、一瞬だけ目を合わせた。その視線には、微かな期待と同時に、過去の後悔が混ざっているように感じた。


 僕の中で、何かが静かに囁いている。――真実を知るべきだと。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る