Episode 035 だけど、密かなる戦略へ。


 ――この先のビジョンが見えないまま、時は過ぎ去った。



 現実の体育館ではバスケットボールの試合が行われていた。アンはファイブファールで退場を余儀なくされ、残された茂者もじゃたちは打つ手を見出せず、敗北への道を見守るほかなかった。現実の試合でも、漫画の世界に置き換えた戦場でも、結果は変わらない。


 敗北という冷酷な二文字が、ただそこにあった。


 漫画の世界では……藻屑となったセゾン号たち。


 アンの機体を含む五体すべてが大破し、海に漂うその姿を目の当たりにしながら、立ち尽くす五人。アンの目には茂者以外の仲間たちの顔が、まるで初めて見るかのように鮮明に映し出された。五反田ごたんだひかりあい高原たかはらしゅういかり八重子やえこ……


 そして、アンは初めて涙を見せた。


 敗北という動かぬ現実の前に、まるで立ちはだかるように、博士ことくれない初子はつこが姿を見せた。そう、いつの間にか漫画の世界へと置き換えられていた。リンダの目を通して。



「このままじゃ終われない。あなたはそう思ってるね」


 と、紅初子は言う。アンの心を察したように。


 深く息を吐く博士。光を、輝きを失った筈の瞳に蘇る輝き……この絶望的な状況の中に於いて、彼女にはこの先に続くビジョンが見えている?


「これまで、あなたたちに任せっきりだった。この結果は私の責任だ」


 彼女がこの言葉を発した時、失意にいた皆の表情に色が現れ、青褪めた表情が赤々と変わるように。視線が彼女に集まった瞬間だ。僕には、そう見えたのだ、この瞬間。


 ――蘇る紅初子。


 リンダの目や耳を通し、或いは五感から僕にはそう思えたのだ。


 そして紅初子は、言葉を続ける。


「セゾン号を生まれ変わらせる。ここからは皆、同じスタートラインだ。そして私は指揮官の自覚を持つから、罪滅ぼしさせてくれないかな。これもまた私の我儘だけど」


 すると茂者は、


「アン、どうする?」と尋ねる。


「どうして私に?」とアンは震えた声で、驚きの表情を見せる。


 茂者は静かに微笑みながら、


「私たち皆、君に信頼を預けてる。次の戦いのために」


 ――アンはその重みを受け止める。


 そしてその瞬間、彼女の心に新たなる決意が芽生え始めていた。



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