Episode 028 そして、心トキメクもの。


 ――僕は今、リンダの脳にいる。


 彼女の記憶と感情の海に住んでいることを、目の前の女性を見て改めて思った。



 それはくれない初子はつこ


 間違いなく、あの紅初子だ。特徴的な長いワンレンの髪が靡き、法被ではなく白衣を身に纏っている。その白衣には飾りも何もなく、ただ静かな存在感が漂っていた。


 瞳はリンダを越えて、まるで僕の存在を貫くように見詰めている。


 心が震えた。


 紅初子には僕の姿が見えない筈なのに、何かが伝わっているようだった。


 感情が溢れ出し、リンダの声が僕に問いかける。


旧号きゅうごう、どうしたの?』


 その声に答える言葉を僕は失っていた。ただ彼女を悲しませてしまったことだけは、心の奥底から熱くなる程にわかった。


『……ごめんね』


 と、僕は呟いていた。 でも、僕の声は、もう届かない。彼女の瞳は、涙も枯れたような悲しみを物語っていた。あの頃の輝きは失われてしまっていた。



 ――僕はもう、ここにはいない。


 わかっていた筈なのに、認めたくない気持ちがあって。でも、その瞳がすべてを語っているようで、紅初子の視線はリンダを通り越し、その先の僕の存在を見ているかのよう。


『リンダ?』


 と僕は問いかけた。その言葉と共にリンダの感情が込み上げて、涙となって溢れる。それは僕の抑えきれなかったものが、彼女に通じた瞬間だった。


 ここは校長室。貫録のある校長先生の横には紅初子……ハッピー先生がいるという構図の中で、向かい合うリンダの横には、館長がいる。僕は、リンダの脳内に住んでいる。



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