Episode 021 そうだ! 走り出すのだ。


 ――アンは走る。風に乗って。


 その中には、炭酸水のように刺激的なリズムが流れている。この夏の流行曲。その軽快なリズムに身を任せるのが心地よい。リンダがこの曲を愛してやまないように、僕もまたその波に呑まれている。実は、漫画のイメージも彼女によって創られたものだ。


 僕はそのイメージを絵にし、物語を紡ごうとしている。僕たちには『リアルロボット』というジャンルが共通していて、SFを描きたいという意欲も一致している。彼女も僕と好みが一致しているのかと思いきや、


『それは君がいたから。私は多分……』と言いかけて、彼女は黙ってしまった。

『どういうこと?』と尋ねても『さ、今はアンさんをよく観察することだよ』と言って話を逸らしてしまう。彼女が涙を見せた、あの瞬間以来……


 涙は、風に吹かれて消えてしまうけど、


『あれは、目にゴミが入っただけだから』と、リンダは言い訳をする。でも、その言葉には、隠しきれない怪しさが漂う。


 今、僕たちはアンを観察している。


 漫画の世界のアンというキャラクターを構築するため、共に走っている。実際に走っているのはリンダだけど。僕は彼女の脳内に……ある意味では搭乗している。


 それだけに、僕たちは一つの存在となっている。


 そしてあることに気付く。――僕は、まだ一度も学校に行っていなかった。つまりあの日以来。去年の八月六日以来だから、もう一年近く……ではなくて、彼女の方。


 リンダが学校に通ったのを、まだ一度も経験していないということ。


 少なくとも『セゾンの館』に着いてから。もう一か月が経つけれど。


『あ、それね、私は専属の先生が就くと言ってたから。アンさんだけらしいの、普通に学校に通ってるの。ここにいる皆は、訳ありの子ばかりだから。私も含めて……』


 と、いうことで、まだまだ僕の知らない世界がここにはある。リンダの抱えているものとは、僕がまだ理解できないものかもしれない。だから僕は創作を続けるのだ。



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