Episode 015 君の名前と、僕の名前も。


 ――白と青のマリンルックは君のお気に入り。


 颯爽と身を包んで、いかりマークの帽子を飾った。



 そして今、ここが何処なのかがわかる。扉を開けたら広がる潮の香り。そう。すぐ傍が海。正確には海に浮かんで……まさかとは思ったけど、ここは船の上だった。


『そうだよ。まあ、到着する場所は、君と会った日本だけど』


 彼女は煌めく海を眺めながら僕に言った。


 彼女が海を眺めているということは、僕もまた同じく海を眺めているということ……


 今僕のいる場所は、多分だけど彼女の脳内。僕は彼女の身体を共有している。あの九月の始まりの日に、僕は灰色の五階建ての屋上から飛んだ。まるでイカロスのように。


 イカロスは落ちる。ろうで固めた鳥の羽は、夕陽の熱によって分解する。蝋は熱に弱いから。これからどうなるのか、僕にはまだ見えていない。いつまで彼女の脳内にいるのかさえも。もしかしたら明日には消えてしまうのかもしれないけど……


『それはないよ。きっと……』


 と、君の心の声が漏れた。だから『どうしてそう思うの?』と尋ねると、


『それは君だから。私もきっと、君の力が必要だから』


『……まだ聞いてなかったね、君の名を』『それは私の台詞せりふ、どっちから名乗る?』


 その瞬間だった。――思い浮かんだ。


 僕らが何処に向かっているのかを。あの日、彼女を送ったのは『ウメチカ』だから、少なからず同じ場所というわけではないだろうが……結果は耳を疑うものか? あ、僕には耳はなく、正確には魂だけと思われるから。そう思った時だった。


『……リンダ。それが私の名前』


 なら僕は『旧一もとかず……いや、旧号きゅうごうと呼ばれてた』と、漸く自己紹介の場面となった。


 向かう先はまだ船の思うがまま。とはいえ、航路は決まっているだろうが、その情報は僕にはなかった。リンダは『それは、着いてからのお楽しみだよ』と、そっと言った。



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