第二章 セゾン

Episode 014 そのマリンルックの少女。


 そのルーツは、セーヌ川から流れてきたものだった。緑が広がる長閑のどかな風景の中、水車がゆっくり回る。――そんなイメージが鮮やかに残っていた。


 僕はまだ……


 星野ほしの旧一もとかずとしての記憶を保持したまま……


 けど、どうやら別の記憶が混ざり合ったようだ。それは僕自身ではない何かの記憶。


 確か僕は、屋上から落ちて……その記憶も曖昧で、途切れ途切れになっている。それに身体の感覚が以前とは全く異なる。目線が妙に低く感じられるし、無口な性格だった筈の僕が、何故か違う種類のコミュニケーションの困難さに直面している。


 そして、もしかしたら……と考えながら、恐る恐る鏡を覗いてみた。


 ――えっ? これって、何?


 鏡に映し出されたその姿は、自分ではない何か。


 そしてその瞬間、僕の脳内に響いた。


『君、一体誰なの? 私の脳にいきなり話しかけてきて』


 それは声、いや、心の声だと理解した。鏡に映った姿と脳内に響く声。状況を把握するのに、それ程時間はかからなかった。鮮明に思い出せる。あの街角でぶつかった少女だ。


 そしてここは、見知らぬ場所。とてもとても揺れている。


『君、一度僕と会ったよね。ほら、あの街角でぶつかって、そのあと……』


『あ、あの時の男子。私をウメチカまで連れてってくれた。ええっと……』


 ――摩訶不思議な出来事だ。


 どうやら僕は、あのマリンルックの少女の脳内に入り込んでしまったようだ。


 これって一体……『何か君の中にお邪魔したみたいだね』


『そうね』『……ごめんね、すぐ出たいけど、僕じゃどうしようもいないみたい』


 その時、僕はハッキリと理解できた。僕にはもう戻る場所がないことを。自分の元には戻れないことを。そう思うと、そう思うと……『まあ、色々事情がありそうだね』


 と、少女は僕に語りかけた。これが本当の始まりと、気付かないままに……



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