Episode 011 それは、ギリシャの海へ。


 ――夢だと思っていたのに、まさか現実だったなんて?


 そして、僕には見えた。少女の頭上に踊る、字幕化されたクエッションマーク。



 小学四年生の頃、あっちゃんの家でお泊りした時に、朝靄の中で見た光景とまるで同じだった。あれは夢ではなかった。この少女が、その時現れた彼女だから。


 基本色が白で青いラインが入ったマリンルック。


 ほんのりと潮の香り。青い瞳に、靡く栗色の髪。


 しっかりと僕を見詰めている。そして、初めて彼女の声を聞いたその時、


「ウメチカッテドコニアリマス? ココカラチカイデスカ?」


 そんな感じの話し方だった。緊張しているのか。或いはギリシャの海を渡ってきたばかりで、この見知らぬ土地への不安が原因なのかもしれない。――それなら、


「近くもないし遠くもないけど、案内してあげるね」と、僕はハッキリ答えた。


 いつもなら見知らぬ人と関わろうとしない自分が、自ら関わろうとした。そんなこと自体、有り得ないことだった。それなのに、この出会いからして、既に有り得ないことの連続だ。寧ろ、それが普通にも思えるようになっていた。


 言葉は通じた。


 片言だけど、彼女は日本語が理解できている。僕もまた、彼女の話していることがわかる。ここから最寄りの駅までは近い。この辺りの地名が『駅前四丁目』というぐらいだから。歩けば十分もかからないだろう。手を取り合うには十分なシチュエーション。


 少しでも長く彼女と一緒にいたいから。また会える約束なんて、きっとないだろうと思ったから、せめて名前だけでも知りたくて……


 ウメチカとは、梅田の地下街のことだろうか? きっと誰かとの待ち合わせの場所なのだろうと、想像が膨らむ。一時の出会い、すぐに訪れる別れ。この時はまだ、運命的な出会いになるなんて、知る由もなかった。音楽に国境がないように、創作にも国境はない。


 ――そこには、無限に広がる世界が待っているから。



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