Episode 005 それは、青色の踊り場で。


 ――ぼんやりと差し込む光が、見える景色を青く染めていた。


 それは爽やかな青ではなく、くすんだ冷たい青。その冷たさが、敗者のように横たわる床へと染み込み、鉄の味――血液の味と共に広がってゆく。


 間違いなく、肉体的な攻撃を受けた証。 僕は殴られた。何度も頬を叩かれ……


 痛みは、それほど感じなかったけど、ジワッと目が潤むのを感じた。


 何故こんなことになったのか。自分がいじめられているという自覚のせい?


 弱者という概念そのもののような存在だから?


 僕は声を発することなく、悲鳴も上げないまま、彼が立ち去るのを見送るだけだった。


「根性ナシ」と言い残して。彼の心が晴れるのを待つだけしかできない僕。涙は飾りのような気がした……


 彼の名は柴田しばた浩嶺こうれい。僕に何かと攻撃を仕掛けてくる人物だ。


 スマートな体型。細い手足。肉付きでは僕の方が良かったけど、それが何の意味を持つのかはわからない。


 青色の景色が赤色に変わる頃、僕は保健室にいた。そこまでどうやって歩いてきたのだろう? 染みる傷口。ポンポンを綿で消毒される感覚が続く。


 くれない初子はつこ……ハッピー先生は、僕を手当てしてくれた。


旧号きゅうごう、いやだったら『やめろ』くらい言わなくちゃね。同じことが繰り返されるだけだよ。それに自分で解決できないことがあったら、私に言って。先生ってのは、そういう時のためにいるんだから」


 普段とは違い、そっと優しい言葉だった。僕の心に染み渡るには充分過ぎるくらいだった。窓から差し込む夕陽の色に、彼女の微笑みにキラキラと映えていた。


 翌日、休憩時間に柴田君は職員室に呼び出された。


 ハッピー先生が、僕に対するいじめ行為について、厳しく叱ったのだろう。


 教室に戻ってきた柴田君は、自身の席へ向かう前に、僕の横を通った。その瞬間、小声で囁いた。「告げ口すれば、俺のシバキはもっとひどくなるぞ」と……



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